2024年03月29日( 金 )

現在を見つめて伝統を未来へつなぐ 演劇文化の底力をいまこそ(後)

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劇団エーテル主宰・画家
中島 淳一 氏
(株)わらび座
代表取締役社長 山川 龍巳 氏

 舞台芸術は、役者と観衆が一堂に会し、一期一会の劇空間をつくりあげるというその業態ゆえに、コロナ禍によって最も苦境に立たされた業界の1つとなった。だが演劇は、古今東西問わず、社会に必要不可欠であり続けてきた文化的営為。先人たちが模索と洗練を積み重ねてきた題材や技法もふまえつつ、役者たちが磨き抜かれた技術で「いま」を生きる人々に未来への活力を与えるエンジンでもある。その炎を絶やさぬために、演劇人はこの試練のとき、なにを想い、どんな新たな挑戦を準備しているのか。長年演劇界の最前線に立ってきた2人が、アフターコロナを見据え、縦横に語り尽くす。

蓄積された豊かなリソースを活用して

(株)わらび座 代表取締役社長 山川 龍巳 氏
(株)わらび座
代表取締役社長 山川 龍巳 氏

    山川 じつのところ、演劇は教育分野となじみます。英語習得を演劇力と結んだ学習方法が生み出されています。感情表現がともなったセリフの1つひとつが、英語で感情ともども表現されるのですが、人間は言葉よりも感情や音楽を先に身につけたそうですから、言語習得に役者の心のこもったセリフは最適なのかもしれません。また、一般企業の社員教育でも演劇の手法は注目されています。「シアターエデュケーション」と呼ばれるプログラムで、わらび座もすでにたくさんの依頼を受けていますが、要は、社員の方々が役者とともに、与えられたシチュエーションとミッションの枠内で自由に対話をするんです。この疑似体験を通して、社員は相手に対する関心や思いやり、コミュニケーションの取り方、ひいては問題解決の緒を探り実践する力を身につけることができます。

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 中島 芝居をつくる過程で得たものが、演劇とは異なる領域を経て演劇活動にフィードバックされることは私も経験しています。私は役づくりのために膨大な資料を読みますが、そこで得た知識に基づいて講演ができるんですね。あるとき、釈迦の芝居を準備しながら読んだ経典に関して講演しCDを出したところ、それを全部買って下さった仏教の専門家がいらっしゃいました。芸術家が仏典をどう解釈するのか関心がある、と。「論語塾」という集まりに講師として呼ばれるようにもなりました。こうした講演活動はそれ自体で収入源になりえますが、何より、それを機に私の舞台に足を運んでくださることが一番の喜びであり支えです。

 山川 役者はあれだけ修練を積んでプロになる職業。彼らが誇りあるその技術で生活を維持でき、人の役に立つことができるよう、運営の方法論を確立していきたいですね。そのうえで、今後も地域の歴史や伝統をつくり上げた人たちを題材に、いかに未来を語れるエンターテイメントにできるか、わらび座ならではの作品づくりを追求していくつもりです。大事なのは過去ではなく「いま」を生きることであり、未来ですから。

劇団エーテル主宰・画家 中島 淳一 氏
劇団エーテル主宰・画家
中島 淳一 氏

    中島 私はシェイクスピアやギリシャ悲劇とか、古典的といいますか人生哲学のような題材で芝居をしてきたのですが、今後はそうした古典を、現代の人にもっとわかりやすく表現して提供できればと考えています。時に笑いも交えた「大人が読む童話」のような感じで。

 山川 人間の本質は何千年経っても変わりませんからね。劇作家の人たちともよく話すのですが、結局、「いま」の時代を誠実に生きようとしていないと、伝統の力は見抜けません。現代人が「いま」をどのように見ているのかしっかり理解したうえで、私たちが提示する舞台が未来への原動力になればと願っています。

(了)

【文・構成:黒川 晶】


<プロフィール>
中島 淳一
(なかしま じゅんいち)
1975〜76年、米国ベイラー大学に留学中に英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。その後もさまざまな賞を受賞。2017年、18年にはニューヨークで個展を開催。また、1986年より脚本・演出・主演の1人芝居を上演。上演回数は1,600回を超える。企業をはじめ中・高・大学校での各種講演でも活躍。異色の芸術家として注目を集めている。

山川 龍巳(やまかわ たつみ)
1951年長崎県生まれ。69年劇団わらび座に入座。その後、わらび劇場経営監督、たざわこ芸術営業部長、(株)わらび座取締役などを歴任。2004年坊っちゃん劇場準備室長、05年(株)ジョイ・アート常務取締役に就任する。09年愛媛大学非常勤講師となり、劇場文化論を講義。11年(株)ジョイ・アート専務取締役就任、16年(株)わらび座代表取締役社長に就任。

(中)

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