2022年08月20日( 土 )
by データ・マックス

現在を見つめて伝統を未来へつなぐ 演劇文化の底力をいまこそ(中)

劇団エーテル主宰・画家
中島 淳一 氏
(株)わらび座
代表取締役社長 山川 龍巳 氏

 舞台芸術は、役者と観衆が一堂に会し、一期一会の劇空間をつくりあげるというその業態ゆえに、コロナ禍によって最も苦境に立たされた業界の1つとなった。だが演劇は、古今東西問わず、社会に必要不可欠であり続けてきた文化的営為。先人たちが模索と洗練を積み重ねてきた題材や技法もふまえつつ、役者たちが磨き抜かれた技術で「いま」を生きる人々に未来への活力を与えるエンジンでもある。その炎を絶やさぬために、演劇人はこの試練のとき、なにを想い、どんな新たな挑戦を準備しているのか。長年演劇界の最前線に立ってきた2人が、アフターコロナを見据え、縦横に語り尽くす。

リアルの舞台が未来の「リアル」をつくる(つづき)

(株)わらび座 代表取締役社長 山川 龍巳 氏
(株)わらび座
代表取締役社長 山川 龍巳 氏

    山川 そもそもわらび座の原点は、創立者の原太郎もよく申しておりましたが、日々の「生活必需品」としての芸術です。東京で3人でスタートし、9人のパフォーマーが秋田に入っていった。そこで地域の人たちとともに農作業に従事しながら、歌や踊りを教えてもらうということを積み重ねていったわけです。実際当時の写真は田植えや稲刈りの写真ばかり(笑)なんですが、そうして地域に根づき、そこに生きる人々の「リアル」を共有するものとしての歌や踊りなんです。だからこそ彼らは秋田の人たちにとても大切にされ、テレビなども盛んに取り上げてくれました。

 あれから長い年月を経て、芸術は日常生活における一種のアクセサリーのようにみなされるようになりましたが、これまでの価値観も生活様式も大きな変化を強いられたいまこそ、芸術の「生活必需品」としての意義が見直されてしかるべきと思います。舞台芸術が提供する共感力や想像力は、未来を創造していくために必要なもの。たとえばお金がそうであるように、フィクションを皆で信じることがクリエイティブの源泉であり、文明の歴史という「リアル」を創ってきたのですから。

役者を舞台で十全に輝かせるために

 山川 しかし、そうした舞台芸術の力を発揮させるためには、そこに関わる人々が自由でなければなりません。とくに役者たちの生活基盤の安定は重要です。生活の心配に囚(とら)われていては、観衆を共感で結び合せられるような演技ができなくなってしまいます。

 中島 私のように1人で芝居をやる者でも、たとえばコラボする演奏家さんへの謝礼や移動・宿泊費など、たくさんの費用がかかります。ましてや劇団さんが大勢の役者やスタッフを支えるのにどれほど苦労されるか。

 山川 中島さんは絵の才能をもお持ちです。これは重要な収入源の1つであるとともに、演劇活動を支えるものでもあるのではないでしょうか。

劇団エーテル主宰・画家 中島 淳一 氏
劇団エーテル主宰・画家
中島 淳一 氏

    中島 そうですね。私のキャリアはたしかに画家として始まりましたが、それを支えたのは俳優としての活動でした。当初は批判も受けました。絵だけに打ち込まずになぜ芝居なんかするのかと。絵画や音楽は一部の目利きに理解される「芸術」で、芝居は幅広い人々に受け入れられるべき「芸能」であるといったような固定観念が日本人にはあるようですが、私はそれは違うのではないかと思います。実際、私の芝居を観てくださった方々が絵の個展にも足を運んでくださるようになったわけですし、コロナ禍では逆に、私の絵を買ってくださる方がいるからこそ、舞台再開に備えたいろいろな取り組みができるわけですね。

 山川 私は18歳でわらび座に入団したのですが、役者は失格になりまして営業になり、以来この領域で奮闘してきました。当団では研究生の間に必ず一度、営業活動も経験するカリキュラムになっているのです。そして、ここまでの歩みを振り返って最近痛感していますのは、舞台芸術において役者さんはもちろん大事ですが、文化・芸術と社会や人々の生活とを結び合わせていく者、つまりマネジメントする者の養成が、日本の芸術界は非常に立ち遅れているのではないかということです。

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 たとえば人気の漫画やアニメなどを原作として舞台をつくる「2.5次元ミュージカル」などは、優れた着眼点だと思います。舞台が消費されるという側面はたしかにありましょうが、1つの「立て付け」として創造的に蓄積されていく可能性もありますし、少なくとも演劇の入り口として1つの成功を収めているわけです。こういうふうに文化や社会のいろいろな領域をつなぐことができてこそ、役者たちが生き生きと舞台に取り組み続けられるような基盤がつくられるのではないでしょうか。わらび座としては、ここまで蓄積してきた豊かな経営資源を活用して、そうした基盤づくりができればと考えています。

(つづく)

【文・構成:黒川 晶】


<プロフィール>
中島 淳一
(なかしま じゅんいち)
1975〜76年、米国ベイラー大学に留学中に英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。その後もさまざまな賞を受賞。2017年、18年にはニューヨークで個展を開催。また、1986年より脚本・演出・主演の1人芝居を上演。上演回数は1,600回を超える。企業をはじめ中・高・大学校での各種講演でも活躍。異色の芸術家として注目を集めている。

山川 龍巳(やまかわ たつみ)
1951年長崎県生まれ。69年劇団わらび座に入座。その後、わらび劇場経営監督、たざわこ芸術営業部長、(株)わらび座取締役などを歴任。2004年坊っちゃん劇場準備室長、05年(株)ジョイ・アート常務取締役に就任する。09年愛媛大学非常勤講師となり、劇場文化論を講義。11年(株)ジョイ・アート専務取締役就任、16年(株)わらび座代表取締役社長に就任。

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