2024年04月20日( 土 )

印刷の有力な選択肢「ネット印刷」

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ネット印刷の台頭

 ネット印刷(オンデマンド印刷)は2000年前後に生まれた「印刷通販」が原型。当時はユーザーから印刷データを郵送または宅配便で送付してもらい、出来上がった印刷物をユーザーに宅配便で返送するというサービスだった。現在では、インターネットの普及、PCの性能や通信速度の向上にともない、オンライン入稿が主流となっている。

 以前は「小ロット印刷ならネット印刷」のイメージがあったが、現在は大ロットも増え、紙サイズや厚さも選べるようになるなど自由度が上がった。さらに、PDFやワードやエクセルデータでの入稿が可能になったため、プロ&アマチュアの利用者が増加。なんといってもその安さと24時間365日対応という利便性、ウェブで気軽に入稿できることから、コロナ禍でも潜在顧客の掘り起こしに成功し、業績を伸ばす企業も増えている。03年には約25億円だったネット印刷の市場規模は12年に約48億円、18年には約920億円に拡大している。

ネット印刷はなぜ安い?

 ネット印刷は一般の印刷会社と比べて、驚くほど安価であることは周知の事実だ。安さを実現できる主な理由として、(1)大量に注文を受けて同時に印刷している、(2)自前の印刷機をもたず、提携先の印刷会社で印刷している、(3)人件費を抑えている――ことなどが挙げられる。

 (1)については、さまざまなユーザーから注文されたデータを効率的な面付で印刷している(【図】参照)。多くのネット印刷で、納期が延びるほど価格が安くなるのはこういった仕組みのためだ。

【図】同時印刷のイメージ

 (2)は、ネット印刷会社によるが、自前の印刷機をもたないことで投資コストがかからない。また、機械余り(設備の稼働率が低い)を起こしている工場で印刷している場合もある。もちろん自社工場をもつネット印刷会社もあり、場合によっては海外の工場に依頼することもある。

 (3)については、ネット経由で注文を受けることで、担当者との打ち合わせなどが不要になるため、人件費が抑えられる。また、印刷機のデジタル化も進み、より少人数で印刷できるようになったことから、外国人労働者に任せたり、AIに任せたりと、それぞれの企業努力で安価な印刷を実現している。

デメリットは?

 ネット印刷のデメリットとして、品質が不安定なことが挙げられる。前述の【図】のような印刷をするため、どうしても色ムラが出てしまうのだ。

 急なトラブルに対応できない点も大きなデメリットだ。一般の印刷会社であれば、入稿データに誤りが見つかった際、すぐに印刷をストップして入稿データを差し替えることができるが、ネット印刷の場合、電話が「致命的に」つながりにくい。また電話での対応をしていない場合があり、トラブルに迅速に対応できない。いったん印刷をストップできたとしても、その時点から納期が再計算されるので、納期遅れなどが起きやすく、余計な手間と費用がかかってしまうこともある。

 以上がネット印刷のメリットとデメリットだ。安さだけを求めるのであれば、品質と納期は妥協が必要となる。

一般の印刷会社は要らない?

 こうしてみると、「一般の印刷会社は必要ないのでは?」という声も聞こえてきそうだ。だが、品質と納期にこだわる場合、一般の印刷会社は必要不可欠となる。また、世の中から印刷会社がすべてなくなってしまえば、ネット印刷会社も提携先を失い、現在の「速い・安い・いつでも受付」といった強みを失ってしまう。それは双方にとって本意ではないだろう。

 印刷業界の未来は明るくないとよく耳にする。たしかに雑誌やフリーペーパーなどは年々減少している。とくにスマートフォンの普及にともなって休刊や廃刊も相次いでいる。【表】(出典:「出版指標 年報 2021年版」)を見てもらいたい。出版物の総数は減少しているが、その分、電子出版が増加している。書籍に関しては教育系分野の需要が底堅く、ピークの1996年と比較しても2020年は健闘しているといえる。

【表】出版物の推定販売金額 出典「出版指標 年報 2021年版」
出典「出版指標 年報 2021年版」

 これらのデータから読み取れるのは、売上自体は減少傾向だが、出版物がすべてなくなるわけではないということと、紙媒体がデジタル媒体に変化しただけで需要自体は変わらないということだ。

 今後、一般の印刷会社に求められるのは、コストや短納期でネット印刷会社と張り合うのではなく、時代の流れとともに変化していく消費者のニーズに対し、経営戦略や商品展開もそれに沿ったかたちに変えることだ。電子書籍分野への参入や他業界へのシフトチェンジなど、柔軟な対応と豊富な企画力、そして時代に応じたデジタルシフトを目指さなければ、中堅以下の印刷会社は生き残れないだろう。

【藤谷 慎吾】

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