2024年05月17日( 金 )

上場企業の守護神「IRジャパン」の驕り 副社長がインサイダー疑惑で退任(後)

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 「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し」。『平家物語』の冒頭の有名な一節である。上場企業の“守護神”、もしくは“用心棒”を生業とするアイ・アールジャパンホールディングス(東証プライム上場)が馬脚を露わした。辣腕の副社長がインサイダー疑惑で退任。あまりのお粗末さに、“天敵”視されてきたアクティビスト(物言う株主)は笑いがこみ上げてきたに違いない。

上場企業の実質的な株主を対象とした調査の先駆者

 1984年、ボストン・コンサルティング・グループ出身の鶴野史朗氏が、日本初のIR専門会社、(株)アイ・アールジャパン(以下、IRジャパン)を設立。IRとは、投資家に対して財務状況といった投資判断に必要な情報などを提供する事業。当初は、プレゼン資料の英訳などを手がけていた。

 寺下史郎氏(63)は、82年に青山学院大学経営学部を卒業、IR関連の企業でキャリアをスタートさせた。97年にIRジャパンに参加、2008年にMBO(経営陣による企業買収)によって経営権を獲得した。15年IRジャパンが単独株式移転で、持ち株会社IRジャパン・ホールディングス(以下、IRJHD)を設立。事業会社の新IRジャパンを傘下に組み入れた。

 土台になっているのが、1997年から日本での先駆者として市場を切り拓いた「実質株式判明調査」だ。注目企業の大株主リストには、資産管理銀行などが名を連ねる。投資家たちが株式管理などの実務を委ねているためで、リストをにらんでも誰が本当の株主かは分からない。株主総会で議案通過に不安を覚える企業や、買収を仕掛けられていて自社の主要株主と対話したい企業が顧客になる。

海外投資家を呼び込むアベノミクスが追い風

株価 イメージ    転機になったのが、安倍晋三政権の誕生。目玉は日本経済の成長戦略を推進するアベノミクス。海外の投資家を呼び込むために、14年に機関投資家の行動規範を示すスチュワードシップ・コードを導入し、投資家が企業にプレッシャーを与え、収益性や資本の流動性を高める流れを促進した。そして翌年には、コーポレートガバナンス・コードを定め、企業の行動規範を設定した。

 「これらの施策により投資家の権利が強化されたことによって、日本は米国に次ぐアクティビスト(物言う株主)市場に成長した」。IRジャパンは米経済専門誌『フォーブス・ジャパン』(20年9月14日号)でそう述べている。

 IRジャパンの調べによると、日本で活動するアクティビスト・ファンドの数は、20年に44社と14年の約6倍になったという。

株主総会の“参謀役”、もしくは“用心棒”

 もともと信託銀行名義の株主を調査することを主業としていたIRジャパンは、アクティビストの急増を追い風に、アクティビスト対策に乗り出した。

 日本においては近年、企業に株主提案などを行うアクティビストの存在感が高まっている。(株)大和総研によれば、今年6月の株主総会での物言う株主による提案は、昨年6月の17社から36社にほぼ倍増した。株主提案全体でも75社と過去最多だ。

 IRジャパンは、プロキシー・アドバイザー(議決権行使助言会社)としてアクティビスト対応をいち早く手掛け、現在は全上場企業の16%、時価総額5,000億円以上の企業の約5割が同社の顧客とされる。

 住宅設備機器の(株)LIXILや輪転印刷機の(株)東京機械製作所、(株)関西スーパーマーケットなど、注目のプロシキーファイト(委任状争奪戦)で経営陣に付き、総会議案の票読みから、株主への電話勧誘や戸別訪問といった説得工作までを行うなど、暗躍してきた。

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 IRジャパンが日本の株主総会の“参謀役”、あるいは“用心棒”と呼ばれるゆえんだ。かつて総会屋が株主総会の“用心棒”の役割をはたしていたが、総会屋は反社として駆逐された。代わって、IRジャパンが企業の“守護神”として登場。さしずめ、戦国時代に豊臣秀吉に仕えた黒田官兵衛や竹中半兵衛のような“軍師”といったところだろう。

インサイダー疑惑で株価は1年前の10分の1に大暴落

 持ち株会社のIRJHDは15年に上場して以降、市場の評価が高い。上場した当時の株価は300円台だったが、「物言う株主」に対する“用心棒”としての評価で人気銘柄となり買われた。21年1月の株価は前年同期比で3倍近い1株1万9,550円、時価総額にして3,000億円を超えた。

 オーナー社長である寺下史郎氏の持ち株比率は50.97%(22年3月末時点)。寺下氏の株式の保有資産は1,500億円に達した。日本の新興企業の株長者は、大半をIT企業のメンバーが占めるなか、“用心棒”稼業の寺下氏は異色な存在といえる。

 前述の『フォーブス・ジャパン』は、「『物言う投資家』との戦いでビリオネアに浮上した日本の富豪」として寺下氏を取り上げた。

 だが、元副社長によるインサイダー疑惑で、栄光の輝きは一瞬にして消えた。株価は暴落。6月20日には年初来安値の1,757円に下落し、その後も2,000円前後に張り付いたままだ。21年1月の上場来最高値1万9,550円の1割程度だ。

 企業の秘密を扱うIRジャパンの元副社長によるインサイダー疑惑は、“市場への背信”と受け取られた。「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し」であった。

(了)

【森村 和男】

(前)

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