2024年03月29日( 金 )

暗殺事件で霞んだ参院選の焦点、「上下」対立への転換こそ野党再生の道(後)

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ジャーナリスト 鮫島 浩 氏

 今夏の参院選も2人に1人が投票権を放棄した。投票率は52.05%。前回を3.25ポイント上回ったものの、民主党が政権交代を実現した2009年衆院選(69.28%)には遠くおよばない。この程度の投票率では政治の地殻変動は起きず、自民党が単独で改選過半数を獲得する歴史的大勝に終わった。

積極財政の旗印で野党結集を

 なぜ野党は自民党にいつまでも勝てないのか。長谷川氏は「経済政策に弱いから」と断言する。彼女がとくに問題視するのは、民主党政権の末期、2012年に当時の野田佳彦首相が自公両党と社会保障の財源を確保するために消費税を増税することを決めた「3党合意」である。二大政党の両方が財務省のお膳立てにより「緊縮財政」で手を握ったのだ。民主党はこの直後に下野し、安倍自民党が政権復帰する。安倍政権は「3党合意」を受けて消費税増税を二度も実行した。民主党の流れを汲む野党第一党が徹底抗戦しなかったのは3党合意の当事者だったからだろう。

 アベノミクスは金融緩和で円安株高をつくり出して大企業や富裕層を潤わせる一方、二度の消費税増税で庶民の暮らしを痛めつけ、国内需要は落ち込み、賃金は上がらず、不況は長引き、貧富の格差は急拡大した。株をもつ富裕層に向けた金融政策では「積極」、一般庶民向けの財政政策では「消極」だったのだ。そこへコロナ禍が襲いかかり、ウクライナ戦争による物価高が追い討ちをかけ、貧困世帯は急増している。

 昭和初期の日本政界は、積極財政を掲げる政友会と緊縮財政を唱える立憲民政党が交互に政権を担う二大政党政治がそれなりに機能していた。ところが2012年の3党合意以降の日本政界は、与党第一党も野党第一党も緊縮財政の立場に立ち、有権者は積極財政の選択肢を奪われてしまった。本来は消費税増税どころか消費税を廃止・減税し、さらには大胆な財政出動に踏み切って庶民の暮らしを下支えしなければならなかったのだ。

れいわ新選組の山本太郎代表
れいわ新選組の山本太郎代表

    山本太郎氏がれいわ新選組を2019年に旗揚げして消費税廃止を唱えたとき、立憲民主党の枝野幸男代表(当時)は慎重姿勢を崩さなかった。枝野氏は民主党政権がマニフェストに掲げていなかった消費税増税をいきなり打ち上げた菅直人内閣の官房長官である。

 そもそもれいわと立憲は財政政策に対する基本的な考え方が違う。立憲は今回の参院選でも「時限的な消費税減税」を掲げるものの、れいわの「消費税廃止」とは一線を画す。財源は基本的に税金で確保するという「緊縮財政」の立場なのだ。れいわは財源は税に限らず、大胆な通貨発行で確保できるという積極財政を通じて「誰ひとり見捨てない社会」を実現させる政治理念を掲げている。税は財権確保の手段というよりも、格差を是正するために富裕層に課税したり、環境に負荷をかけるエネルギーに課税したり、健康を害する酒やタバコに課税したりするなど、社会的公正を確保する手段ととらえている。

 安倍元首相はどちらかというと消費税増税には慎重だった。安倍政権下で二度の消費税増税を主導したのは麻生太郎副総理兼財務相と財務省の官僚たちだ。現在の岸田政権のキングメーカーは麻生氏と財務省である。安倍氏の突然の退場で、麻生氏や財務省の権力基盤はますます強まるだろう。彼らは緊縮財政の立場であり、2025年まで国政選挙が予定されていない「黄金の3年間」に消費税増税を仕掛けてくるという見方が強まっている。緊縮財政の立場をとる立憲民主党は徹底抗戦するのか。かつての「3党合意」のように歩み寄るのか。

 二大政党が緊縮財政で一致し、積極財政の選択肢を国民から奪うのは、エリート政治そのものだ。政治家や官僚ら「上級国民」は積極財政で生活を保障される必要はなく、逆に緊縮財政で経済秩序を安定化させる方が自分たちの既得権を守るには都合が良い。彼らは不況が深刻化しても生き延びることができる。しかし、明日の暮らしにもがく庶民はそうはいかない。生活を保障してくれる積極財政が不可欠なのだ。二大政党がどちらも緊縮財政では選択のしようがない。投票意欲が削がれるのは当然だろう。

 どんな親のもとに生まれようが孤立せず、絶望せず、生きていける。そのような「誰ひとり見捨てない社会」「誰ひとり置き去りにしない社会」を実現するには、みんなの生活を手厚く支援する積極財政が必要だ。自民党に対抗する強い野党をつくり上げるには緊縮財政と決別し、積極財政の旗印のもとで野党が結集するしかない。

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 イデオロギー的な左右対決ではなく、貧富の格差を照らし出す上下対決に持ち込むことが野党再建の近道である。そのためには積極財政派が核となる野党再編が不可欠だ。安倍氏暗殺事件は、この国の社会のありよう、経済政策のありよう、そして政治のありようを問うていると思う。

(つづく)


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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