2024年04月18日( 木 )

現実を超えるVR世界へダイブ 2029年に実現するメタ空間(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国立大学法人 琉球大学 工学部
教授 玉城 絵美

 2021年10月28日、IT業界の巨艦であるFacebookは社名を「Meta」(メタ)に変更した。創業者でCEOのマーク・ザッカーバーグは、同社の主力事業をSNSから「メタバース」構築に移すことを公言しており、耳慣れない「バーチャル空間・メタバース」について注目が集まっている。大手IT各社が先行者利益を目指して実現に鎬を削るメタバースの構築。皮膚感覚を拡張するボディーシェアリング技術の開発で知られる玉城絵美・琉球大学教授に、メタバースが社会をどう変えるのかについて聞いた。

常時接続世界は孤独と無縁?

 ──そもそもの話ですが、メタバースをつくってそこで何をするのか、何ができるのかという話はされているが、何をする(べき)のかという話はわかりにくいと感じます。

 玉城 インターネットができた当初も、「それで何をするの?」っていう感じでしたよね。基本的にはコミュニケーションをとるのがスタートだと思います。そうするうちに徐々に生活の一部をメタバースに移していこうという風に流れができる。たとえば仕事ですね。これまでは移動して、対面で話してっていうのが当たり前でしたけれど、最近はテレビ会議に移行して、今はメタバース上で三次元的に会話できるようになった。これはFacebook創業者のザッカーバーグさんもイメージビデオのなかに入れていて、移動しなければできなかったことがまずはメタバースに移行していくことになると思います。

国立大学法人 琉球大学
工学部 教授 玉城 絵美

 空間的に制約があったものがなくなるので、時間や物理的制約がとりはらわれて、たとえば貧しい国の人でも先進国で働けたりします。スマホとファストVRがあれば住んでいる場所に関係なく働けて、能力さえあれば寝たきりでも全然構わないんです。少しずつですけど、こういう世界が実現していて、最近はイベントもclusterとかに移行していますし、イベントやスポーツとかでも徐々にメタバース上で体験できるとなれば、ある時点を超えたら一気にバーチャル空間に移っていく流れができるのではないでしょうか。

 ──メタバースの人口を一気に増やすような、いわゆるキラーコンテンツ的なサービスはどのようなものが考えられるでしょうか。

 玉城 私たちが調査しているなかで、パソコンやインターネットの事例をふまえると、まずはビジネスユースがあり、あとはエンタメとスポーツ。見過ごしてならないのは、いわゆる「エロ」い分野ですかね。ピンク産業というか。インターネットの初期のころはそうだったんですけど、今では出会い系とかも重要なコンテンツですから。

 ──たとえばメタバース上のオフィスで働くと、デバイスをはずすだけですぐに帰宅した状態になるわけで、そうなると現実ではずっと1人でいることになります。孤独感はないでしょうか。

 玉城 ずっと1人でもいいって思える人はそれができる社会になると思います。でも、すでにインターネットに常時接続が当たり前になっているので、昔ほど孤独を感じなくなっているっていうのも現実ではないでしょうか。十代の子たちにとっては、夜通しオンラインゲームして、友だちとチャットしていれば楽しいっていうのが普通ですから。

 ──コロナ禍では学校の授業さえネット配信されました。そういう意味では、実際に移動して通うことが本当に必要なのかという問いにもなっている。

 玉城 かつてと違って、子どもが転校してもそれほど悲しい別れにはならないらしいです。SNSやオンラインゲームでつながり続ければずっと友だちでいられるわけで、転校が即「最後の別れ」とはならない。私も琉球大学の研究室を開く前からオンラインで学生の面倒をみていて、1年近く指導学生と会わないままに論文発表まで来ましたから、その感覚はよくわかります。

 ──ザッカーバーグはメタバースという異世界をつくったうえでそこで経済圏を生み出し、プラットフォーマーとしての利益を総取りする狙いもあるでしょう。今後は経済活動が活発になっていくのでは。

 玉城 売る、買うという商活動ならすでに普通に行われています。イベントの参加だったり洋服の売り買い、NFT(※2)も多少はありますから、完全な経済活動に移行するための準備がそろいつつあるという状況だと思います。

 将来的に、第三次産業については現実社会よりバーチャル空間の経済規模が大きくなる可能性もあります。GAFA(※3)のなかからFacebookが突き抜けて「Meta」に生まれ変わったので、ほかのネット産業がまた新たなものをつくり出したうえで、経済活動をさらに盛り上げるようになると思います。

 ──メタバース上の経験がそのままボディーシェアリングできるようになれば、エンタメやアクティビティーでは現実社会を超えられる。よりリアリズムを求めて、究極的には臨死体験までできるようなサービスまでが考えられます。玉城さんの研究がまさに大きく「化ける」可能性もあります。

 玉城 たしかに海外からの問い合わせなどは増えていて、世界中の国々からご連絡をいただいています。ボディーシェアリングとかって、身体の緊張度とかはこれまで測れなかった数値なので珍しいのかも。センサーってカメラとかマイクみたいに繊細なので、開発がかなり難しいんです。Meta社も力の入れ具合について研究を進めていて難航しているという話があります。

50億人がアバターとボディーシェアリング

 ──次に目指している技術は。

 玉城 お話できる範囲内でいうと、たとえば知覚だけじゃなくて認知する部分、「いま緊張している」とか、より感情に近い部分をいかにメタバース上にアップできるかにチャレンジしています。いわゆる感情とか情動(喜怒哀楽)に近いところまでをアップしてみたい。登山している様子をボディーシェアリングしても、緊張度合いだとか「足が疲れた」っていうことはなかなか伝わらないんですよね。

 ちなみに昨年は、細田守監督の『竜とそばかすの姫』(東宝)が公開されてヒットしました。50億人がメタバース上のアバターとボディーシェアリングしたらどうなるんだろうっていうお話で、細田監督はかなり細かい部分までボディーシェアリングについて勉強されていて、私自身も細田監督にアドバイスさせていただきました。

 ──メタバースの巨大な空間で数億人が活動するようになると、処理能力は大丈夫でしょうか。

 玉城 追いつくと思います。現時点でもマシンの性能はどんどん上がっていますし、ちょっと半導体関係は足りなくなっていますが、いまはメタバースのプログラム処理をいかに軽くするのかっていうことも注目されているのでスペック的な問題はそこまで出てこないと思います。もちろん解像度は高ければ高いほどいいんですが・・・。

 ──究極のバーチャル空間ができて居心地が良ければ、そこから抜け出せないことも。

 玉城 気を付けてほしいのは、メタバースやVRって時間圧縮効果があるんですよ。時間を短く感じちゃうっていう、メタバースに入って気が付いたら3時間経っていたみたいな。

 ──要するに、浦島太郎効果ですね。

 玉城 そうなんです。そこだけは皆さん気を付けてください。私自身も、30分くらいかなと思ったら平気で1時間を超えていることがあるので。

 ──前回も最後にお聞きしましたが、たとえば5年後10年後の働き方や暮らし方はどう変わっているでしょうか。

 玉城 現段階では2029年までしか設定していないので、間をとって7年後ということでお話しします。今後、続々とメタバースのサービスインは増えていくと思います。世界中の企業がメタバースで使えるサービスや商品を出してきて、メタバース上で仕事して、観光して、ボディーシェアリングしてトレーニングを受けるみたいなことが普通になってくるでしょう。私の研究についていえば、友だちが怒っているのがわかるとか感情を伝達するなどの現実を超えたボディーシェアリングの実現は2029年までかかると予測しています。

 ──むしろ、たった7年後には実現すると予測していることが驚きです。

 玉城 研究的にはすでに実現しているので、あとは産業的にいかに実現するかということが課題です。いま、BtoBは比較的うまくいっているので、BtoCにどう移行するのか、メタバース関連の企業が着々と準備を進めていますね。先行者利益はおそらく莫大になるので、ザッカーバーグは本当に最初に唾を付けたっていう感じですね。

 ソーシャルメディアって基本的には「体験共有」がカギになるところがあって、そうなると体験共有のインターフェイスが枯渇するっていうのをザッカーバーグはよくわかっていて、けっこう早い時期にOculus(オキュラス ※今後は「Meta」に統一)っていうメタバースに必要なインターフェイスデバイスを買収しています。こういうところは本当に先見の明があるんだなって思います。

玉城教授提供
玉城教授提供

※2: NFT=Non-Fungible Token(非代替性トークン)。トークンはIT用語で「証、印」のこと。一般に、「偽造不可能な所有証明書付きデジタルデータ」とされる。例:デジタルアートなど唯一無二のものを指す。 ^

※3: GAFA=プラットフォーム事業などで世界的で支配的な影響力をもつIT企業群のこと。Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazonを指し、これにMicrosoftを加えてGAFAMと呼ばれることも。 ^ 

(了)

【聞き手/まとめ:データ・マックス編集部】


<プロフィール>
玉城 絵美
(たまき・えみ)
琉球大学工学部教授・H2L(株)創業者。沖縄県出身。琉大工学部では初めての女性教授。人間とコンピューターの間の情報交換を促進することによって豊かな身体経験を共有するBody Sharingの研究者兼起業家。2011年にコンピューターからヒトに手の動作を伝達する装置「Possessed Hand」を発表。米『TIME』誌が選ぶ50の発明に選出。同年には東京大学で総長賞受賞と同時に総代を務め博士号を取得。2012年にH2L,Inc.を創業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。15年から内閣府と経済産業省の科学研究・開発関連の委員を務める。早稲田大学人間科学部准教授などを経て21年から現職。

(前)

関連記事