NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、8月1日付の記事を紹介する。
カンボジアとタイの間では、境界画定ができていない地域が多数存在し、これまで度々国境を巡って軍事衝突が発生してきました。例えば、2008-09年にプレアビヒア寺院周辺で銃撃戦がありましたし、2010-11年には、同寺院に加えて、ターモアン・トム寺院及びタークロバイ寺院周辺でも銃撃戦が発生し、両国軍に死傷者が発生。2008-11年の衝突による死者は数十名程度でした。その後、情勢は比較的安定していたものです。
ところが、去る5月28日、モムバイで10分間の軍事衝突が発生し、カンボジア側には死者が発生。両国ともに、衝突は自国領土内で発生したと主張。事案発生後、両国は事態沈静化に向けて努力していましたが、6月7日にタイ側が国境を閉鎖して以降、 双方が国境管理の制限を課す形で、 緊張が継続することになったのです。
その後、6月18日、タイにおいてフン・セン上院議長とペートンターン首相との電話音声がネット流出する事態が発生。タイ政府がカンボジアに融和的な姿勢を見せていたことが判明し、タイ国内で反政府運動に火がついてしまったのです。そのため、23 日、タイ軍は、カンボジアとの国境検問所を全て閉鎖するという強硬姿勢を取らざるを得なくなりました。29 日、タイ側が国境制限の緩和を提案しましたが、カンボジア側はタイが全国境を再開しない限り閉鎖を継続すると主張し、対立は収まりません。
そうした混乱状態を招いたとして、7 月1日、タイ憲法裁が首相の職務停止命令を下します。7月16日と23日、国境巡回中のタイ軍兵士が地雷により負傷。ただ、どちらが地雷を埋設したかについては両国が対立したままでした。そのため、両国は、それぞれ外交レベルの引下げを決定。24日、国境地帯の複数箇所で軍事衝突が再発し、現地部隊の間で砲撃・銃撃が激化する事態に発展。
しかし、事態は急転直下。28日、ASEAN議長国のマレーシアで米国と中国が支援する形で、カンボジア首相とタイ首相代行が協議する場が設けられました。その結果、28日の24時からの無条件停戦、29日の両国軍地域司令官による会合開催、国境委員会の開催で合意に至ったのです。マレーシアは、ASEAN停戦監視団を形成する意向を明らかにし、今後、マレーシア、カンボジア、タイの外相・国防相が停戦確保のためのメカニズムを策定するとのこと。
注目すべきは、アジアに無関心と思われていた米国のトランプ大統領が両国の指導者と連絡を取り、状況への平和的解決を求めたことです。その過程では、トランプ関税を交渉のカードとして持ち出しました。何かといえば、即時停戦に合意しなければ、アメリカはカンボジアとタイの双方に高関税を課すというもの。
両国にとってアメリカは最大の貿易相手国です。アメリカから36%もの高関税を課せられれば、経済が破綻しかねません。そのため、アメリカからの停戦要求には従わざるを得なかったわけです。その結果を受け、トランプ大統領は「俺が戦争を終わらせた。俺こそ平和の使者だ」と、毎度お馴染みのトランプ砲をぶっ放しています。ホワイトハウスの報道官は「この偉業はノーベル平和賞に値する」とヨイショ発言。
その間、中国は、カンボジア、タイ、マレーシア及び関連国と緊密に連絡し、対話、停戦、平和回復を促進する役割を果たしていました。マレーシアで開催された停戦協議の首脳会議にも中国の大使は米国大使と共に出席して、存在感を盛んにアピールしたものです。
問題は日本の動きでしょう。日本は両国との間で歴史的、経済的に深いつながりがあります。タイには7万人強、カンボジアには3,000人強の日本人が住んでいます。日本企業も東南アジアのサプライチェーンの中核をなす両国との関係を重視してきました。
両国が対立し、戦火を交えるような事態は日本企業にとって最悪といえます。そうした事態を回避させようと、岩屋外相は7月24日以降、何度か両国首脳に電話会談を通じて停戦を呼びかけようとしましたがうまく行きませんでした。「両国の緊張緩和に向けた働きかけを実行した」と岩屋外相は述べていますが、残念ながら、「遠吠え」にしか聞こえません。
アセアンの議長国としてマレーシアの果たした役割の大きさやアメリカや中国の積極的な関与に比べれば、日本の石破外交は存在感がないに等しいと言わざるを得ません。この一件からも、アメリカや中国と違い、日本外交の機能不全ぶりが明白です。
著者:浜田和幸
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