2024年04月24日( 水 )

ウクライナ危機によせて、今こそ国連改革を(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

元国連大使
元OECD事務次長
谷口 誠 氏

名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻は、国連の安全保障理事会の機能不全という問題を再びクローズアップさせた。元国連大使の谷口誠氏は、いまこそ国連の在り方を問い直すべきであり、日本は来年から安保理の非常任理事国となる機会をいかして改革を進めるべきと提唱する。また、谷口氏同様に豊富な海外勤務経験を有する日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏は、ロシアと関係の深いインドと連携し、話し合いによるウクライナ問題の解決を図るべきだと主張する。

(聞き手:(株)データ・マックス代表取締役社長 児玉 直)

国力が落ちていくなか、多角的な外交で存在感を

 ──ウクライナの調停の問題から、今後の国連改革の難しさを再認識しました。今後ウクライナ問題の解決を図りつつ、国連の立て直しを図る、あるいは新しく組織をつくっていくとなると、日本には国としてどのような意志が問われますか。

 谷口 国連を良くするためには、非常に難しいものの、改革が必要ということを繰り返し強調したいです。敵国条項の削除をめぐり、総会は数度にわたり賛成しているのですが、安保理では認められていません。日本のほか、ドイツ、イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニアおよびフィンランドが国連憲章上の敵国です。国連は戦勝国がつくったものという性質が変わっていないのです。

 実は外務省の国連大使経験者のなかで、国連憲章の敵国条項の廃止はそんなに重視されてはいません。私は驚いたのですが、その理由は、日本が再軍備、軍国化しないために敵国条項を残しておいた方がいいというものでした。同条項の削除は焼けぼっくいに火をつけるようなものであり、あまりいう必要はないというのです。

 日本はかつて常任理事国就任を目指しており、外務省には以前国連局が存在しました。今は存在せず、日本の見方がいかに短期的であるかを示しています。常任理事国入りに非常に熱心であったときは、アフリカ諸国の票対策としてODAに多くの費用を投じました。

 TICADというアフリカ対策も日本の国連対策の1つでした。常任理事国になれませんでしたが、TICADを通して弱かったアフリカとの関係を強化したことは、アフリカに対する大きな貢献の1つとなり得るものであり、外交とはこのように日本の国益を考えて行っていくものです。私も中川理事長と同意見で、今後アジアの時代からアフリカの時代に移っていく可能性があります。ただ、アフリカとはヨーロッパの旧宗主国の方が根強い関係をもっており、日本はそれとは異なる多角的な方法を行っていくべきだと思います。

 日本は国力が落ちていくにしても、多角的な外交を展開すべきです。それはアメリカとのみならず、EUとも、アフリカとも、アジアとも、ラテンアメリカともやっていくということです。そうした多角的な外交力を養うためには、若い人材がどんどん外国に出ていくことが必要になります。島国に閉じこもってはいけません。

 中川 21世紀前半は中国の時代ですが、後半はインドの時代、22世紀はアフリカの時代になるといわれています。22世紀にはアフリカの人口は現在の中国とインドの人口を合わせだ25億人に達し、世界人口の約4分の1を占め、発展を牽引する地域になるとみられています。しかし、日本の投資はアメリカとアジアに偏り、対アフリカ投資は0.3%しかありません。日本の国際経済・貿易戦略上、未来の大国アフリカへの投資を拡大すべきだと思います。

外交を支える人材の教育を

 ──日本は国力が落ちても外交力で存在感を維持できるという谷口大使のご提案は非常に興味深いです。

 谷口 経済力があるときには、経済力を基にODAを用いた外交を展開できたわけですが、しかし経済力の外交とはいわば札束を切るものであり、援助で心から喜ぶ人は実際にはいないでしょう。今後は人材がカギとなり、教育がさらに重要になっていくと思います。教育について日本は短期的な見方が強すぎると懸念しています。たとえば科学研究費は3年で成果を出せる研究でないと得られませんが、本当に長期的な基礎研究を行うためには3年では難しく、10年20年のスパンで考えて予算をつける必要があります。日本は教育費に占める国家支出の割合がOECD加盟国のなかで最低です。

 日本が人材教育のために支出している予算はOECD加盟国の平均以下です。北欧、フランスなどヨーロッパの国およびロシアは私立公立問わず、小学校から大学まで授業料は税金で賄っており、多くが無料です。スウェーデンは税負担が大きいのに対し、日本は大学に入るための予備校など教育に対する家庭の負担が非常に大きく、所得水準の高い家庭の子どもがいい大学に入る傾向が見られます。これではいけません。将来、国が小さくなるなかで、教育への支出を増大させることは最重要課題だと思います。

中川 十郎 氏
中川 十郎 氏

 中川 教育費の負担に関して、OECDの調査結果によると、学費の家庭負担をめぐり加盟国平均は22%ですが、日本は52%となっています。国が全部負担しているのはスウェーデン、デンマーク、フィンランドなどです。教員について、日本では若い人がなりたがらない状況となっており、30歳未満の教育志望者は2%しかいません。米国での博士号取得者も日本は韓国の半分となっています。韓国の人口は日本の4割程度であり、韓国では日本の約5倍の比率で米国の博士号取得者がいるということです。日本は政治・経済面において急速に衰退しつつありますが、教育・学術面においても同様です。

 日本の衰退に強い危機感を持つ人がいる一方、他人事みたいに感じている人が多いようです。
 日本は孤立した島国で危機意識が希薄すぎるのではと危惧しています。海外では日本のことを「年老いたゴールドメダリスト」「衰退発展途上国」と批判する人が出てきているということですが、かつて米国に肉薄したことを忘れられず、いまだに経済でアジアに君臨していると錯覚している人もいるようです。

 国の基盤の1つである教育に力を注がないといけません。第二次安倍政権以降、政府予算において国防費が教育費を抜きましたが、さらに今後5年間で国防費を2倍に増額するとしています。それでは、教育に投資する予算がさらに少なくなるということです。日本はいわば教育衰退国にもなる恐れがあります。OECDとくに北欧諸国を見習い、国家100年の大計の為に、思い切って、教育予算を増額すべきではないでしょうか。

 谷口 私が(岩手県立)大学の学長在任時に東大、京大、早稲田、慶応など約50名の学長がヨーロッパを訪問した際に、フランスの大学の先生から、日本の授業料はいくらか尋ねられた際に、琉球大学の学長が学費は約50万円と伝えたところ、高いと驚いていました。フランスでは政府の援助が大きいからです。教育のレベルを上げるためには基礎研究が欠かせず、政府が予算をどんどんつける必要があります。ノーベル賞を受賞した日本人にしても、日本で行った研究が受賞対象となっているのは意外と少ないです。

 日本が今後教育レベルを上げるためには、政府が予算を大企業にではなく、教育に思い切って使い、10年20年単位で基礎研究を行うような人を育成していかないと日本の将来はないと思います。

谷口誠氏(左)と中川十郎氏
谷口誠氏(左)と中川十郎氏

(了)

【文・構成:茅野 雅弘】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在、「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、(一財)アジア・ユーラシア総合研究所代表理事。著書に『21世紀の南北問題―グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国科学技術競争情報学会競争情報分会国際顧問など。共著に『見えない価値を生む知識情報戦略』、『国際経営戦略』(同文館)など、共訳書ウィリアム・ラップ『成功企業のIT戦略』(日経BP)、H.E.マイヤー『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)など多数。

▼関連記事
ウクライナ危機と国連安保理の拒否権問題を問う

(3)

関連記事