2024年05月04日( 土 )

孤独からの脱出(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

大さんのシニアリポート第117回

 「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連客M女が救急搬送された。第111回で紹介した「ぐるり」最強の「困ったちゃん」である。後日判明したことだが、入浴中に足腰が立たなくなり、大声で助けを求めたという。M女はURの賃貸住宅の住人で、その階は空き室が多い。運良く階下の住人がその声を聞きつけ消防署に連絡。施錠してあり玄関扉からの救出ができない。救急隊員がはしご車を使いM女のベランダ側の窓ガラスを壊して救出した。現在も入院中で、おそらくそのまま施設に入所ということになるのだろう。

この先の人生設計は自分で決めること

 M女は頑固で変わり者だ。自分の米櫃が空でも他人に金品を差し出す。栄養が不足しているからとサプリメントを愛用する。しかし肝心の主食はほとんど口にしない。「サプリは栄養補助食品だから、ご飯を食べなきゃ意味がない」と諭しても耳を貸そうとしない。他人(ひと)に施しすることに満足感を得られると思い込んでいるようだ。「情けは人のためならず」というが、自己を犠牲にしてまで他人に尽くすことには限界がある。栄養失調気味で体力が衰え、歩行すらままならなくなった。筋力の衰えである。そして事故が…。

 私には考えられないことなのだが、周辺に住む(すべて集合住宅)高齢者のなかには、この先の人生をシミュレートできない人が少なからずいる。身体を動かす(ウォーキング、運動など)ことで筋力の衰えを防ぐことができる。好きなこと(趣味、仕事、ボランティアなど)を通して他人と会話することで脳を含む身体全体が活性化する。もっとも後者が苦手な人もいるのは事実。昨年私が住む公営住宅で起きた4件の孤独死に共通することは、「他人との接触がない」ということ。せめて身体を動かすことで老化のスピードを落とすことに努力すればいいのだが、それをやろうとしない。

ぐるり「マッスル倶楽部」 「ぐるり」で週2回実施している「マッスル倶楽部」(簡単な体操と、オモリを使い身体に負荷をかける体操、ダンベル体操など)にはこれまでに30人近い住民が参加した。体操自体を単純でつまらないと感じるのだろう。退会する人が後を絶たない。現在指導員を含め7人のみ。その7人に共通することは「効果を実感できた」ということだ。「転ばなくなった」「疲れにくくなった」「身体をスムーズに動かせる」など。とくにダンベル体操はダイエット効果が抜群で、私自身も6㎏の体重減に成功した。人は嫌なことはやらない。その代わり代償が付く。それを十分に自覚して粛々と生きることに水を差す気は毛頭ない。人生の選択は自由だ。

デジタル化を毛嫌いするな

 「高齢社会をよくする女性の会」理事長で評論家の樋口恵子(90歳)さんは、なにするにもヨタヨタヘロヘロの世代を「ヨタヘロ期」と銘々し、『朝日新聞』(22年11月10日)紙上で、老いるショックの現実について提言している。「石や段差につまずいて転ぶのが70代、黙って立っているだけでふわーっと転ぶのが90代」で、それを「ヨタヘロ期」の象徴的事象だという。「平均寿命と健康寿命の差をみると、男は9年、女は12年。非健康寿命は女のほうが3年も長い。『ヨタヘロ』になる人は圧倒的に女が多い」ということになる。

 「ヨタヘロ期」を生きる高齢者の最大の問題はコミュニケーションだ。「70代までは友達同士の往来が盛んですが、80代になるとお互いに出歩くのが難しくなってきます。『ヨタヘロ期』になる前に、ICT(情報通信技術)の活用能力をお互いに身につけることが大事。」さらに、「高齢化は障がい者が増える社会であって、その個性、多様性に対応したコミュニケーションツールが必要。」「デジタル化を毛嫌いせずに受け入れよう」と提言する。

ぐるり 運動とコミュニケーション    「ぐるり」の常連客のなかには、「高齢者は障がい者になる可能性が高い」ということに激しく反発する人が少なくない。障がい者という漠然とした負のイメージがあるからだ。しかし、歩行が困難で難聴者も多く、複数の疾患を抱えている人が少なくない。これはどう見ても立派な障がい者だ。それでいてウォーキングや軽度の運動をするわけでもない。自然に老いること、樋口さんの言葉を借りれば「ヨタヘロ」を受け入れるのかといえば、それにも首を縦に振るわけでもない。それでいてその先にある‘死’を恐れている。

 東京都江戸川区(人口約70万人)に住む人のうち「仕事や学校などに行かず、家族以外の人との交流をほとんどしない」引きこもり状態の住民が7,919人いることが判明。不登校の子ども1,113人を含めると、実に76人に1人が「引きこもり状態」で、それも30代~50代の働き盛り世代に多いと『朝日新聞』(22年6月10日)で報じている。「8050問題」(高齢の親が中年の子どもを支える)だけではなく、働き盛りの世代で配偶者が引きこもる家庭も多い。原因は、「長期療養が必要な病気にかかる」(20%)、「職場に馴染めない」(14%)、「思うような就活ができない」(11%)など。内閣府の推計では、いじめやパワハラなどさまざまな理由で引きこもり状態になっている人は全国で約115万人に上る。孤独死はもはや独居高齢者だけの問題ではない。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第116回・後)
(第117回・後)

関連記事