2024年04月27日( 土 )

ドル高がもたらす世界成長、ドル帝国循環の始動(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は12月1日号の「ドル高がもたらす世界成長、ドル帝国循環の始動」を紹介する。

世界の機関車、中国から米国へ

 2022年は大不況になって当然の年と思われた。(1)米国での0%から4%への400bp(ベーシスポイント)という史上最速の金融引き締め、(2)中国経済のコロナロックダウンと不動産バブルの破裂による急減速(実質GDPは2021年:8.1%から2022年1~9月:3.0%へ)、(3)ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰と欧州経済困難化という世界3極の問題の大きさを考えれば、2022年の世界経済は深刻な経済後退に陥って当然であった。しかし、そうはならなかった。米中貿易戦争とデカップリング(グローバルサプライチェーンからの中国排除)や、ドル高により資金流出を余儀なくされる新興国経済困難化などの予想されていた問題も、深刻化することはなかった。

 「2022年、世界経済はなぜ活力を失わなかったか」といえば、「米国消費者の巨大な胃袋が健在であったから」ということに尽きるだろう。武者リサーチは1年前から「ドル高の時代が始まったのではないか。コロナ危機に対して米国が世界にドルを供給し、結果としてドル安になった時期は終わった。これからはドルが強くなり、世界の資金が米国に集まり、米国内需つまり米国への輸出が各国経済を推進する時代に入っていくのではないか。中国の景気落ち込みはさらに大きくなるかもしれない。

 他方、米国消費は旺盛、世界経済の機関車は中国から米国にシフトしつつある。」(2021年10月19日発行 ストラテジーブレティン292号「ドル高・円安で日本の価格競争力向上、企業収益急進へ」)と予想したが、その通りの展開となっている。2022年の名目成長率は米国8%、中国5%程度となり米中成長率逆転が起きることは必至である。

図表1: 米国家計月次収支動向 (2019年平均比)/図表2: ドル実質実効レート推移 図表

ドル高が米国(≒世界)需要を最大化するメカニズム

 鍵は想定外のドル高にある。為替理論では説明できないドル高が進行した。(1)インフレ高進(=通貨価値減価)の下でのドル高が進んだ。(2)米国金利急上昇とはいえコアCPIが6%と高進しており、名目10年債利回り4%弱、つまり実質金利は2%を超える大幅マイナスのなかでのドル高が進行した。(3)また米国経常赤字は1兆ドル(対GDP比4%)と急拡大するなかでドル高が進んだ。為替モデルで通貨予測をしてきた人々にとっては、説明がつかないドル急伸であった(図表3、4参照)。

図表3: ドル円レートと日米実質短期金利差推移/図表4: ドル円レートと日米マネタリーベース倍率推移

 しかし結果オーライ、ドル高による米国への資金流入は、米国長期金利を押し下げ、米国の輸入インフレを引き下げて実質購買力を押し上げ、対米輸出増加というエンジンを多くの新興国や資源国に与えた。因果関連でいえば、米国資金流入が米国のISインバランス(貯蓄を大幅に上回る過剰(?)消費)を推進して世界成長をけん引したといえるだろう。

 図表5に見るように、米国の対外赤字は対中では減少に転じているのに、メキシコ、ベトナム、カナダ、アイルランドなどに対して大きく増加し、米国の経常赤字は年率1兆ドルベース、対GDP比で4%に達している。図表6は米国の経常赤字の対GDP比とそのなかの対中赤字対GDP比だが、対中以外で大きな赤字が発生していることが鮮明である。米中対立下で、中国以外の対米輸出拠点が大きく成長していること(米中摩擦のプラス効果)がうかがわれる。

図表5: 米国相手国別貿易赤字推移/図表6: 米国 経常収支対GDP比-うち対中国/図表7: 米国 経常収支対GDP比/図表8: 主要国の経常収支累積額(1980-2021年)

ドル高は現在において、米国の国益に直結している。

 (1)輸入価格下落により大幅な差益(交易利得)発生するが、それは輸入物価低下によりインフレが抑制され実質所得を押し上げることで実現する。米国は年間2.8兆ドル(364兆円)の財輸入がある。前年比10%のドル高は2,800億ドルの輸入価格低下効果をもたらす。米国の年間消費額は17兆ドルなので、それがすべて消費物価に反映されると仮定すれば、消費者物価を最大限1.3%押し下げる(=実質購買力を押し上げる)効果をもたらす。

 (2)また海外からの資金流入が米国長期金利を抑制し、需要を喚起する。

 (3)さらに米国の対外投資力を増幅させ、米国の世界でのプレゼンスを高め、競争相手である露中の地位を低下させる、などドル高はいいことづくめである。

 同時に、ドル高は世界経済にとっても好都合といえる。需要不足の世界に対して米国消費を喚起し需要を追加提供する手段なのである。

(つづく)

(後)

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