2024年05月17日( 金 )

植田日銀新体制、黒田体制にはなかった二つの好条件(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2月20日号の「植田日銀新体制、黒田体制にはなかった二つの好条件」を紹介する。

黒田氏が直面した2つの困難、(2)強烈な政策批判

日銀 イメージ    異次元の緩和政策は、伝統的政策に固執する日銀OB、学者、エコノミストとメディアからの総批判を浴びた。そもそも日本のデフレは大恐慌型のスパイラルではなくマイルドな「デフレ均衡」であり、少子高齢化の下では甘受するしかないものであるとの風潮が蔓延しており、デフレ脱却に対する国民的合意が形成されていなかった。それなのに安倍政権はまだ白川総裁時代の2013年3月に、日銀にデフレ脱却の圧力をかけて「政府と日銀の政策協定(アコード)」を締結させたが、その強引な手法に対する反発が経済論壇に修復不能の溝をつくってしまった。安倍政権批判に凝り固まった左翼メディアは、アベノミクスの中核である黒田日銀の革命的金融政策を、半ばイデオロギー的に批判し続けた。

 この強烈な日銀政策批判は、アベノミクスは失敗し日本病脱却は果たせないとするものであるから、予定調和的に人々の後ろ向きな経済行動を促進することでアニマルスピリットを圧殺し、自己実現的に政策の効果を奪った。それは2度にわたって実施された消費税増税とともに、経済パフォーマンスを悪化させ、2%インフレターゲットの実現を阻み続けたのである。かつて量的金融緩和を推進したECBのドラギ総裁はドイツのマイナス金利批判に対して「代替策のない全否定は受け入れられない」と述べたがそれは日本国内の日銀批判にこそ当てはまる。

植田氏が享受する2つの好条件、(1)劇的に改善した経済と市場

 翻って植田氏が新総裁に選任されるとして、新体制には黒田体制とは真逆の2つの好条件がある。第一は経済と市場の劇的改善である。日経平均株価は1万円強から3万円弱まで上昇し株式時価総額は、300兆円から700兆円へと増加した。為替相場(ドル円レート)は80円から130円以上までの円安となり、デフレ基調からインフレ基調へと、物価趨勢が変わった。2000年から2012年頃まで6,300万人前後で停滞していた就業者数は6,700万人と400万人増加した。2000年から2012年まで40兆円台で推移していた法人企業の経常利益は2021年度に87兆円へと倍増した。

 また税収は2度にわたる消費税増税と景気の拡大による所得税の増加が寄与し2022年度(予算)は65兆円と、10年前比5割増となった。そして海外要因が主因とはいえ、物価上昇率は1月の東京区部で前年比4.4%、食料・エネルギーを除くコアで1.7%とほぼ目標に到達する状況になっている。政労使一体となった賃上げ機運も高まっており、念願の2%目標が実現できそうな環境が整ってきた。日銀批判派は完全に無視するが、異次元金融緩和の成果は甚大で、植田氏はそれを引き継ぐのである。

植田氏が享受する2つの好条件、(2)両サイドからの厚い信任

 新体制が期待できる第二の条件は、日銀に対する外野からのブーイングがなくなると思われることである。政策的に中庸であり、虚心坦懐に政策を遂行するとの期待はハト派からも従来の日銀政策批判急先方であったタカ派からも表明されている。

 米国のイエレン氏、バーナンキ氏を始め今や世界の金融司令塔は官僚や政治家ではなく学者やエコノミストなど最高の知性の持ち主、というものがグローバルスタンダードになりつつあり、国際派で海外首脳との対話が可能な植田氏は適任との声が満ち溢れている。黒田日銀が苦汁を飲んだ市場との対話はよりスムーズになるのではないか。

 黒田体制の下での金融政策実行部隊を指揮した内田真一氏と、日本人として初めてBIS銀行監督委員会事務局長を務め、その金融知見に対して世界的な尊敬を集めている元金融庁長官氷見野良三氏が副総裁としてわきを固める布陣は見事である。

 こうした環境下で、日銀の政策変更は進展していくものと思われる。

(了)

関連記事