2024年04月23日( 火 )

今こそ食料安全保障を 食料危機が迫るなか、どう対応すべきか(後)

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東京大学大学院農学生命科学研究科教授
元農林水産省
鈴木 宣弘 氏

 「食糧危機」が迫るなか、肥料高騰や農業政策により、日本の農業が消滅の危機に瀕している。食料自給率が低い日本が国際情勢に左右されず豊かな国としてよみがえるためには、どのような「食の安全保障」政策が必要なのか。三重県志摩市の半農半漁の家に生まれ、元農林水産省官僚として内情に精通した視点から、この危機の本質に切り込む。

物流停止で世界的飢餓に 餓死者の3割は日本人

 そのリスクを裏付けるデータが最近、海外の大学からも発表された。

 核戦争に関する衝撃的な研究成果を朝日新聞が報じた。米国ラトガース大学の研究者らが、15kt(広島に投下された原子爆弾と同規模)の核兵器100発が使用される核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は2,700万人だが、「核の冬」による食料生産の減少と物流停止による2年後の餓死者は世界全体で2億5,500万人と推定される。そのなかで、被害はとくに食料自給率の低い日本に集中し、全餓死者の約3割に相当する7,200万人(日本人口の6割)が日本で発生すると推定した。

 実際、38%という自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも10%に届かないくらいなのだから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃することによって、世界全体の餓死者の3割を日本が占めるという推定は驚くに当たらない。

 重要なことは、核戦争に限らず、世界的な不作や敵対による輸出停止・規制が広がれば、日本人が最も飢餓に陥りやすい可能性があるということだ。

地域ネットワーク強化と地域循環型経済の確立

 日本の農業を守ることこそが国民の命を守ることだ。

 窮地に立つ稲作農家に、コメ1俵1万2,000円と9,000円との差額を主食米700万tに補てんするのに3,500億円、全酪農家に生乳kg当たり10円補てんする費用は750億円、安全・安心な国産農産物の出口対策にもなり、子どもたちの健康も守るための学校給食の無償化を国が全額負担しても5,000億円弱である。

 米国からF-35戦闘機147機を購入する費用6.6兆円や、防衛費を5年で43兆円に増額するのに比べても、まず食料確保に金をかけることを惜しんでいる場合ではない。「農水予算は2.2兆円でシーリング(天井)が決まっているからそんな金が付けられるわけないだろ」と一蹴するような財務省の国家戦略が欠如した財政政策を継続することは許されない。農水・文科・防衛予算も一括りにした国家安全保障予算を組んで、食料を守ることが不可欠である。

カエルの悟り
カエルの悟り

    農家も踏ん張りどころである。食料危機が到来した今、この今を踏ん張れば、農の価値がさらに評価される時代がきている。とくに輸入に依存せず国内資源で安全・高品質な食料供給ができる循環農業を目指す方向性は子どもたちの未来を守る最大の希望である。世界一過保護と誤情報を流され、本当は世界一保護なしで踏ん張ってきたのが日本の農家だ。

 その頑張りで、今でも世界10位の農業生産額を達成している日本の農家はまさに「精鋭」である。誇りと自信をもち、これからも家族と国民を守る決意を新たにしよう。自然資源を徹底的に循環させていた江戸時代の日本農業が世界を驚嘆させた実績もある。我々は世界の先駆者だ。その底力を今こそ発揮しよう。国民も農家とともに生産に参画し、食べて、未来につなげよう。

 地域で育んできた在来の種を守り、育て、その生産物を活用し、地域の安全・安心な食と食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、シードバンク、参加型認証システム、直売所、産直、学校給食(公共調達)、レストランなどの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・関連産業・消費者が支え合う「地域のタネからつくる循環型食料自給」の仕組み(ローカルフード条例)を各地で策定しよう。その遂行のための自治体予算の不足分を国が補完する根拠法(川田龍平議員を中心とした超党派の議員立法で提出予定のローカルフード法)をセットで推進することが有効ではないかと思われる。

 協同組合(農漁協、生協、労組など)、共助組織、市民運動組織と自治体の行政などが核となって、各地の生産者、労働者、医療関係者、教育関係者、関連産業、消費者などを一体的に結集しよう。そして、現代にはびこる「今だけ、金だけ、自分だけ」の風潮に打ち克ち、安全・安心な食と暮らしを守るための種から消費までの地域住民ネットワークを強化し、地域循環型経済を確立するために、今こそ、それぞれの立場から行動を起こそう。

 加えて、生産資材の暴騰で困窮が深まる農家を早急に支援することがすべての基盤になることを認識し、国民と政府の役割を明記した「食料安全保障推進法」を早急に制定して、国民の命を守る安全保障政策を抜本的に再構築し、財務省の農水予算枠の縛りを打破して、数兆円規模の予算措置を発動すべきではないだろうか。

(了)


<プロフィール>
鈴木 宣弘
(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授/元農林水産省 鈴木宣弘 氏東京大学大学院農学生命科学研究科教授、専門は農業経済学。1958年生まれ。東大農学部卒業後、農林水産省に入省。2006年から現職。三重県志摩市の半農半漁の家の1人息子として生まれ、田植え、稲刈り、海苔摘み、アコヤ貝の掃除、うなぎのシラス獲りなどを手伝い育つ。安全な食料を生産し、流通し、消費する人たちが支え合い、子や孫の健康で豊かな未来を守ることを目指している。主な著書に、『世界で最初に飢えるのは日本―食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)、『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『食の戦争―米国の罠に落ちる日本』(文春新書)など。

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