2024年05月20日( 月 )

【熊本】復興特需からTSMC狂想曲へ(中)

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新たな3つの高規格道路「10分・20分構想」

 政令市である熊本市を中心とした5市6町1村(熊本市、合志市、宇土市、宇城市、菊池市、菊陽町、大津町、益城町、嘉島町、御船町、甲佐町、西原村)で構成される熊本都市圏には、県内の約6割の人口が集中。名実ともに熊本県の政治・経済の中心地といって差し支えないだろう。前述のTSMC狂想曲に沸いているエリアもこの熊本都市圏に含まれるため、今後さらなる開発激化や人口増が見込まれている。

 その熊本都市圏では16年3月に「熊本都市圏都市交通マスタープラン」が策定されており、従前より市街地部や放射環状道路上におけるピーク時間帯の交通渋滞が恒常化していることなどの課題を踏まえ、自動車から公共交通への転換や、「2環状11放射道路網」の整備など、都市が目指す将来像「多核連携型の都市構造」の実現に向けて必要となる将来の交通体系の考え方の提案が行われてきた。

 また、その実行計画として、「熊本都市圏総合交通戦略」が18年11月に取りまとめられている。ここでは、「公共交通」「道路」「まちなか交通」の3つの体系ごとにそれぞれ戦略目標を設定。公共交通については「持続可能で利便性が高く、災害時に早期に機能復旧する公共交通ネットワークの形成」、道路については「都市圏内外の人流・物流、災害時活動を支援する骨格幹線道路網の形成」、まちなか交通については「高次都市機能を有する中心市街地等の拠点性・アクセス性および防災性の向上」として、短期・中期・長期のさまざまな施策の検討が進められている。

 こういった取り組みが進められている一方で、今秋には「パーソントリップ調査」()を実施予定。熊本地震により災害時にも機能する交通ネットワークの整備の重要性が認識されたことや、新型コロナウイルス感染症拡大にともなう生活様式などの社会情勢の変化を踏まえ、16年3月策定の熊本都市圏都市交通マスタープランの見直しに向けての検討を始めたところだ。

 マスタープランや総合交通戦略などを基にした交通ネットワーク整備を進める熊本都市圏において、今最もホットな話題が新たな3つの高規格道路だ。

 高規格道路とは、サービス速度が概ね時速60km以上の道路など、広域的な道路ネットワークを構成する道路のことで、「高速道路」や「都市高速」などの名称で呼ばれるのが一般的だ。熊本都市圏においては、前述のように道路ネットワークの脆弱性が指摘されており、そうした現状を鑑みて、熊本県および熊本市では21年6月に「熊本県新広域道路交通計画」を策定。“すべての道は、くまもとに通じる”をコンセプトとした広域道路ネットワーク計画を策定するなかで、熊本市中心部から高速道路ICまでを約10分、熊本空港までを約20分で結ぶ「10分・20分構想」を掲げ、「熊本都市圏北連絡道路(北連絡道路)」「熊本空港連絡道路(空港連絡道路)」「熊本都市圏南連絡道路(南連絡道路)」を新たな高規格道路として位置づけた。

広域道路ネットワーク計画図
広域道路ネットワーク計画図

 それぞれの連絡道路が通るルートについては現在、調査・検討中。「10分・20分構想」が実現すれば、各交通拠点への定時性や速達性などの向上が見込まれ、県民・市民の生活にさまざまな効果をもたらすほか、TSMCなどの半導体関連を含めた産業集積にとっても多大な恩恵がもたらされることが期待できる。さらに、災害時などにおける道路ネットワークのリダンダンシー(冗長性)の確保にもつながると見られており、実現後の経済波及効果は平常時で年間約1,500億円が見込まれるほか、災害発生時の売上減少抑制効果も約3,600億円と算出されている。

 「10分・20分構想」実現の目標年次は未定だが、早期実現に向けて22年8月に熊本都市圏3連絡道路建設促進協議会を発足。協議会に名を連ねる熊本都市圏の政財界を中心として建設促進活動に取り組んでいくとされており、実現に向けた今後の動きが注目されるところだ。

10分・20分構想
10分・20分構想

※パーソントリップ調査:熊本都市圏に居住する人の交通実態について、「出発地」「目的地」「交通手段」「目的」「移動量」「所要時間」などを個人属性とともに把握し、将来の都市圏交通に関する施策に反映することを目的とした調査。前回は2012年10~11月に実態調査を実施し、約4.3万世帯・約9.7万人分のデータを収集した。 ^

肥後大津駅から分岐延伸、空港アクセス鉄道整備計画

 熊本都市圏におけるもう1つのホットな交通ネットワーク整備の話題が、空港アクセス鉄道だ。

 熊本県益城町に位置する熊本空港(愛称:阿蘇くまもと空港)は、熊本都市圏における空の玄関口であり、コロナ禍前の18年度には年間利用者数が346万830人(国内線325万4,131人、国際線20万6,699人)に達するなど、年々利用者が増加傾向にあった。だが一方で、空港には鉄軌道が乗り入れておらず、空港利用者の半数以上が自家用車を利用している状況で、残りはバスやレンタカー、タクシーを利用せざるを得ないなど、空港アクセスの脆弱性が以前から課題として挙げられていた。

 そこで、空港アクセスにおける「定時性」「速達性」「大量輸送性」への課題に対応するため、97年以降、改善に係る調査を断続的に実施。05年から鉄道延伸や市電延伸、IMTS(電波磁気誘導式のバスシステム)等の交通システム比較検討の調査が行われ、JR豊肥本線・三里木駅(菊陽町)からの空港延伸についてのルート選定や事業費、需要量等の調査が行われた。だが、JR豊肥本線の分岐・延伸による空港アクセス整備については、多額なコストの一方で採算性の確保が十分といえず、具体的な事業化は困難との判断から、08年6月をもって一度は検討の凍結が表明された。

 だがその後、空港周辺地域における人口増、外国人旅行者の増加を含む空港利用者の増、九州新幹線の全線開業等、空港周辺を取り巻く環境が一変。熊本地震からの創造的復興のグランドデザインとして「大空港構想Next Stage」が策定された。これを受けて、熊本地震からの創造的復興の総仕上げとして18年度より改めて空港アクセス改善に向けた調査・検討に着手した。「鉄道」「モノレール」「市電」「BRT」の4つの交通システムを、利用者の利便性向上や事業の早期実現性等の観点から総合的に比較検討した結果、定時性や速達性、大量輸送性に優れ、事業費を相対的に低く抑えることができる「鉄道延伸」が最も効果的かつ、より早期に実現できる可能性が高いと結論付けた。

 その後、JR豊肥本線からの分岐点として「三里木駅」「原水駅」「肥後大津駅」の3駅から分岐するルート案が検討され、22年11月には有識者らによる空港アクセス検討委員会で「肥後大津ルートが妥当」と結論づけられた。同年11月には熊本県知事・蒲島郁夫氏とJR九州社長・古宮洋二氏が、肥後大津ルートに関する確認書を取り交わし、早期実現に向けて取り組むことを確認した。また、同年12月には、熊本県議会において熊本県知事が「空港アクセス鉄道は肥後大津ルート」とすることを表明した。

空港アクセス鉄道の岐点となる肥後大津駅
空港アクセス鉄道の岐点となる肥後大津駅

    分岐駅となる肥後大津駅は、大津町の中心市街地に位置し、幹線道路である国道57号がすぐ南側を走るほか、TSMC熊本工場にも直線で約2kmの距離にある。空港アクセス鉄道が開業すれば、TSMCの関係者が台湾から訪れる際のアクセス向上はもちろんのこと、半導体企業の集積などで民間投資が進む鉄道沿線地域全体を幅広くカバーするとともに、熊本空港に降り立った海外旅行者が観光地である阿蘇方面に向かう際のアクセスにも便利になる。肥後大津駅から熊本空港までの整備延長は約6.8kmで、概算事業費は約410億円を見込む。県は今後、国やJR九州と調整を進め、27年度の工事着手および34年度末の開業を目指している。

(つづく)

【坂田 憲治】

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