2024年05月15日( 水 )

「適正運賃」が生存のカギ

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久留米運送(株)
代表取締役CEO 二又 茂明 氏

久留米運送(株) 代表取締役CEO 二又茂明 氏

 久留米市に本社を置き、関東以西に営業拠点69カ所、物流施設センター15カ所を構える久留米運送(株)。2024年4月から年間960時間に制限される働き方改革関連法案の運送業への適用が始まり、人材の流出や運送業者の利益減少などさまざまな問題発生が懸念されるなか、同社では10年以上前から課題解決に取り組み、成果を上げてきた。同社代表取締役CEO二又茂明氏に話を聞いた。

低賃金で長時間労働の常態化

 ──まずは、トラック業界の現状についてお聞かせください。

 二又 トラック業界の労働環境は、従来から非常に厳しい状況です。厚生労働省が発表した「令和4年賃金構造基本統計調査」によりますと、全産業平均の実労働時間が年間2,124時間なのに対し、大型トラックドライバーは2,568時間で、2t・4tの中小型トラックドライバーは2,520時間となっています。また賃金では、全産業平均が年収497万円なのに対し、大型トラックドライバーは477万円で、中小型トラックドライバーは438万円となっています。もちろん残業代込みでこの賃金であり、長い時間働いても賃金が安いというのがトラック業界の現状です。

 業者全体で見ると、中小の運送事業者は厳しい状況にあります。たとえば九州・福岡に本社を置き、50台くらいのトラックを所有する運送事業者があるとします。こうした業者では、九州から関東・関西に荷物を運んでも、配送した先のエリアに営業所などの拠点がない場合は、多少離れていても別のエリアの拠点まで荷物を回収に行って、九州まで帰ってくる運行形態を取らざるを得ません。つまり、ある程度の全国的なネットワークがない中小規模の業者は、効率性や採算性などの面から、より厳しい状況に置かれているといってよいでしょう。

 特別積合せ貨物運送事業を行う当社の場合は、各地に拠点を設置しており、中継輸送ができます。中継輸送とは、たとえば久留米~大阪の定期便であれば、久留米と大阪をそれぞれ出発したトラックがほぼ中間地点にあたる広島県の福山東ICで下りて、ドライバー同士がトラックを乗り換えることで、久留米から出たドライバーは久留米に帰り、大阪を出たドライバーも大阪に帰るような輸送形態です。そうすることで、ドライバーはその日のうちに帰れます。ただ、多くの運送事業者は規模が小さく、実際に中継輸送ができる企業は多くはないでしょう。

 ──時間外労働の上限規定が適用される「2024年問題」では、どのような影響が考えられますか。

 二又 働き方改革関連法案の一環として、時間外労働条件の上限規制は19年4月から始まっており、自動車運転業務(トラックドライバー)と建設業など一部の業種に5年間の猶予が設けられていました。ただ、運送業界だけでいうと17年11月に標準貨物自動車運送約款等の改正が行われ、運賃のほかに運送以外の積み込みや積み下ろし、待機時間などの役務提供に対する料金もいただくことが可能になりました。ただ、特別積合せ貨物運送事業者は、従来から値上げ交渉は活発でした。他方、一般貨物自動車運送事業者は値上げ交渉のアクションが弱く、価格改定が思う通りに進みませんでした。今考えると、この17年11月の改正は「働き方改革」へ向けての布石だったように思います。

長時間労働からの脱却で
トラックドライバーを確保

久留米運送

    ──異業種からトラック業界に入られ、社長に就任されました。まず取り組まれたことをお聞かせください。

 二又 私はもともと、トラック業界とはまったく関係ない業種で働いており、そこから家業である当社に入社しました。入社した当初、自社の社員を見ると、キツイ・汚い・危険プラス長時間労働が常態化しており、「このままだと若者が入ってこない」と非常に危機感を覚えましたね。そこで10年の代表就任を機に、企業のイメージアップ、若年層のドライバー獲得、現社員の幸せを基本理念に掲げ、「長時間労働からの脱却」に全社的に取り組みました。

 そのなかで、時間外労働時間を削減するため、お客さまへ集荷時間・出荷時間の時間調整を要請し、応じていただけないお客さまには、当時は大変失礼なことをしたと思っておりますが、一部取引を解消せざるを得ないという断腸の思いで英断を下しました。

 ほかにも、各拠点への増員による体制の整備や、個人別勤務計画票の作成による時間管理の意識付けと、労働時間の把握による改善点の明確化を行いました。また、時間外労働時間の削減のため、残業ありきの賃金体系の見直しを行い、業績給や稼働給の一部を段階的に固定給へ移行し、固定給の比率を高くしました。同時に、増員コストを吸収するため顧客と「運賃交渉」を始めました。当時はリーマン・ショック後で景気が足踏み状態となっているなかでの交渉でした。一部の顧客は値上げに応じてくれませんでしたが、17年に大手宅配業者が値上げしたことも追い風となり、今現在は10年4月比で約2割アップしております。

 19年度からは、効率良く時間外労働時間を削減した社員には「生産性向上手当」を支給しており、時間外手当の減少分を手当で補うことで、給与総額が前年と同額となる仕組みを採用しました。私が代表に就任した10年4月の正社員数は再雇用も含み1,274人で、そのうちドライバーが700人でした。それが現在(23年7月末)では、正社員数は約1.7倍の2,143人、うちドライバーは約2倍の1,470人まで増加しております。

 ──週休二日制についてはいかがでしょうか。

 二又 当社では18年には完全週休二日制へ移行しました。しかし、20年、21年の週休二日の取得率は94.7%、22年は99.1%ととどまりました。コロナ感染者の業務を代わりの者が補ったのが要因です。それでも、24年問題の時間外労働時間上限の960時間を、現状の段階で最高830時間に収めることができています。

担当エリアを細分化し
「おもてなし」でシェア拡大

 ──コロナ禍の影響はいかがだったでしょうか。

 二又 私が社長に就任して以来、増収を続けてこられていましたが、コロナ禍の影響で21年、22年とわずかに減収となりました。ただ、今期には、コロナ前の水準には戻せると思います。

 ──御社の営業スタイルの強みは何でしょうか。

 二又 当社では独自の営業システムを有しており、営業エリアの細分化を行っております。例として、久留米営業エリアを6つのエリアに分け、日々訪問することでお客さまのご要望に沿った極め細やかなサービスを提供する「提案型営業」を展開し、シェアを拡大してきました。

 また、お客さまの不満、不便、不都合を取り除くべく、計画的な着荷主訪問を実施しており、このおもてなしでお客さまの満足度を高めてきました。

久留米運送(株)HPより

同業他社との連携で
時間外労働の削減を図る

 ──時間外労働時間の上限が適用されることで、長距離輸送が困難となるケースが考えられます。

 二又 当社ではドライバーの時間外労働時間を削減するために、他社と業務提携を締結し、「共同配送」や「共同幹線輸送」を拡大して業務の効率化を図っております。具体的には、10年にトナミ運輸(株)および第一貨物(株)と業務提携を行い、輸送ネットワークを補完しました。12年には、取り組みをさらに発展させ、共同運行や共同配送、施設共有などの協業体制の強化を目的に、3社合弁による新会社ジャパン・トランズ・ライン(株)(以下、JTL)を設立し、関東~関西間の幹線運行の一部を担っています。

 13年には、3社およびJTL間で九州直行便について、共同運行を開始しました。当社と第一貨物については、両社の事業用自動車を相互使用し、シェイクハンド輸送(中継輸送)を実施しており、九州~山形間の輸送では中間地点である大阪で双方のドライバーと車両を入れ替えることで、両社のドライバーは大阪で折り返しができ、労務負担の軽減につながっております。自社の幹線輸送では、九州~関西、九州~中部、関西~関東の3路線で中継輸送を実施しており、運転者の労働時間の改善および輸送の効率化を実現するとともに、リードタイムの短縮を含む輸送品質の向上など、顧客への最適な輸送サービスを提供しております。

 15年にはJTLで、九州~東京間での鉄道モーダルシフト()を開始しました。九州~東京間は輸送距離が長いため、ドライバーの労務管理上からも長距離輸送の一部でモーダルシフトを推進する必要があったためです。

 その際、汎用サイズである12フィートコンテナではなく、10tトラックと同じ積載量の31フィートコンテナを使用することで、スムーズな移行を可能としました。東京発では、日本自動車ターミナルの板橋と京浜(大田区平和島)の2カ所のトラックターミナルで3社の荷物をそれぞれ同一コンテナ内に積載し、JR貨物の東京貨物ターミナル駅までトラックで運び、そこから九州向けに鉄道輸送を行い、久留米運送福岡支店から各配送先へ配送する共同運行ルートを構築しました。こうした画期的な3社連携による取り組みにより、輸送リードタイムはトラック輸送よりも半日短縮することができました。

 ──運送業界の今後についてのお考えをお聞かせください。

 二又 今後、運送事業者が、荷主・消費者の意識改革で商慣習が大きく変化し、顧客を選別できる時代が到来する可能性もあるでしょう。一方、働き方改革の影響で2024年4月までに価格転嫁やドライバー確保がクリアできなければ、企業の事業継続は危ぶまれます。適正な運賃収受ができるかどうかが、生き残るためのカギになるのではないでしょうか。

【内山 義之】

※モーダルシフト:トラックなどの自動車で行われている貨物輸送を環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へと転換すること。 ^


<プロフィール>
二又 茂明
(ふたまた・しげはる)
1953年、福岡県久留米市出身。77年早稲田大学商学部卒業。83年、久留米運送に入社。94年総務本部長、96年取締役、2005年常務取締役総務本部長、09年専務取締役総務本部長、10年代表取締役社長、18年代表取締役CEOに就任。社外では17年に福岡県トラック協会の副会長に就任し、23年6月には、福岡県トラック協会会長に就任。座右の銘は「只管打坐(しかんたざ)」。趣味はオーディオ、音楽鑑賞(ジャズ)。

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