2024年05月20日( 月 )

九州の観光産業を考える(16)レール脇でしみじみ立ち食い慕情

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駅ホームのアロマ効果

 胃袋へ掻き込み、手早く空腹を満たす駅ホームの立ち食いそば―設えもいたってシンプルで、吹きさらしのカウンターに器を置いて食べるスタイルが基本だろう。容器も頼りなげな素材だったりして。

 列車の窓を大きく開けられた長閑な時代には、駅のホームで弁当を売り歩く業態があり、窓を閉め切った車両が登場すると、代わって車内販売という業態が登場した。特急とはいえ、列車に乗っている時間がそれなりに長かったころは、列車内の移動販売で買い求めた折箱の弁当をつつき、車窓から風景を眺めるのも、いっぱしの旅のスタイルだった。団体・グループ客にとっては、米粒の貼りついた上蓋をめくる一幕が、旅の序章を華やかに彩っていた。

昔ながらの駅舎ホームで共演する立ち食い店とD&S列車(鳥栖駅)
昔ながらの駅舎ホームで共演する
立ち食い店とD&S列車(鳥栖駅)

    そんな駅弁興隆期にも駅ホーム立ち食い店は健在で、駅へ降り立つ旅行客の鼻先につゆの香りを運んで、ご当地風情を醸していた。列車通勤の途上、朝食代わりに立ち寄る地元勤労者とは別に、旅行者には訪問の記憶をピン留めするアイテムの1つともなっていた。

 駅弁は包装や形状で目いっぱいアピールし、選択を迷わせる。一方、駅ホーム立ち食い店は、小さな間口、つゆ色の濃さ、麺の柔らかさ、トッピング具材を押しつけてくる。常連客らしき人たちの振る舞いは、その店の、その地方の流儀を迫ってくる。立ち上る湯気に、旅情緒を掻き立てられるってもんだ。

さまよい歩く土産土法

 JR東海は2023年10月末で、新幹線のぞみ号とひかり号での車内ワゴン販売を終了した。代わりに、人気のドリップコーヒーと“シンカンセンスゴイカタイアイス”は、のぞみ号の停車駅に自販機を順次置いていくという。グリーン車はモバイルオーダーにより、食事や飲み物をパーサーが届けるらしい。

 ちなみに、JR九州は九州新幹線での車内販売を19年3月15日で終えた。駅構内のコンビニやエキナカショップが充実していたことが理由というが、手押しカートにのぞく駅弁そのものの魅力が相対的に下がったことも、理由の1つにあるように思う。というのは、「駅弁フェア」的イベントが頻繁に全国のデパート催事場で開かれ、かつて駅弁の放っていた強烈な出会い感が消し飛んだ気がするからだ。

マニア必食の地方グルメの最後の砦が駅ホーム上に(新幹線岡山駅)
マニア必食の地方グルメの最後の砦が
駅ホーム上に(新幹線岡山駅)

    デパートらにとって人出の稼げる販促では、もはや消費者の興味関心がその地を訪れることではなく、評判のおいしい(かもしれない)食を楽チンに手に入れられるチャンスが全面アピールされている。地方の観光物産団体も情報発信の機会を名目に、誘客コンテンツの最有力材を迂闊にも引っ提げて企画便乗する。にわか駅弁ファンは自宅なりの日常生活圏でそれらを賞味するだけで、舌の味蕾細胞を旅先のハレ環境で過剰反応させて喜ばせることとはならない。駅弁リピーターが多いのは良いことではあるが、ご当地訪問の欲求を、駅弁フェアのラインナップが摘み取っているとしたら皮肉なことだ。

D&S列車と味わいベンダー

 九州では「D&S(デザイン・アンド・ストーリー)列車」が観光ツールとなっている。13年10月、九州内をめぐる豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」が運行を開始し、クルーズ船並みの高額料金にもかかわらず乗車申込みが殺到した。この大ヒットを受け、路線別にテーマ設定したお洒落な観光列車が、沿線の食材を一流シェフに料理監修させ車内提供するなどして、乗客をもてなす。

 特別仕様の内装に包まれ、素敵な料理をいただくことは優越感に浸れ、旅の有力なスタイルではあるが、このまばゆさが駅ホーム立ち食い文化を陰日向の構図へ追いやってはいまいか、とひがんでみる。いやいや、かえって庶民の旅食スタイルを醬油ベースの茶色で際立たせる反作用になっている、と自らを奮い立たせたりもするが、冷解凍技術が可能にした都市部の駅弁フェアや、姿を消しつつある駅ホーム上の“止まり木”を考えると、鉄道旅における食の情趣が画一化されつつあるようで寂しく感じる。

 車中で購入する駅弁、D&S列車のコース料理(もしくは特製弁当)は、どちらも基本同じコンセプトに思える。走行ルート上に位置する町や村の特産品を腕の良い料理人に客をもてなす食事として仕上げてもらい、過ぎ行く車窓風景にシンクロさせ、食事タイムを楽しんでもらうという趣向だ。でも、沿線駅だって地場風景ど真ん中。立ち食い店もハッタリをかませ、伍していってほしい。

 九州はうどん文化圏のようで、筆者は納得いかない立ち食いそば店も多いのだが、それでもホームの一角で麺をすするのは楽しい。ごぼう天そばの汁に浮かぶ小さな丸太にかじりついた某日、予想を超えた堅さに面くらい、同時にこうしたハプニング的出会いが旅の醍醐味なのだと嬉しくなった。店舗スタッフが、マニュアル通りか否かはさておき、器に放り込んだ麺を無愛想に差し出すとき、さまざまな人が行き交う駅のホームの普段の佇まいが漂ってくる。

 出店事業者は、減る一方かもしれない。便数削減のローカル線ホームで乗り継ぎ時間を持て余さず過ごすため、旧式自販機で大いに結構、変わり種混じりのそばやうどんからの湯気を、ホームに上げさせ続けてほしい。楽しめりゃ、列車を一本見送ったってよかろうモン。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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