2024年05月05日( 日 )

九州の観光産業を考える(15)ぬるま湯温泉の効能

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改革者のハートは熱く

(城崎温泉)下駄を引っかけ外湯巡りで Oh、Japonesque!
(城崎温泉)下駄を引っかけ外湯巡りで
Oh、Japonesque!

    「微温(ぬるま)湯につかる」とは、「覇気も意欲ももたずに、現在の境遇に甘んじてぬくぬく暮らす」と辞書が説く。筆者がこれまでに九州でめぐりあった温泉は、たまたまぬるく感じられただけで、もしかすると外気温と差がある北国の温泉に浸かるときほど気構えなかったせいかもしれない。

 九州の温泉が、辞書がいうような腑抜けをかばっていようはずはない。由布院温泉は1976(昭和51)年に「湯布院映画祭」で、黒川温泉は86(昭和61)年に露天風呂めぐり「入湯手形」で、別府温泉は2001(平成13)年に「別府八湯温泉泊覧会(オンパク)」で、先進的な温泉地改革をこれまで熱く成し遂げてきた。入湯手形やオンパクのスキームは全国へ広がり、宿泊客が温泉街をめぐって複数の源泉や多彩に趣向を凝らした浴場を味わい、湯上り後には地域の達人たちの提供するアクティビティを楽しむという温泉地の新しい過ごし方を提示した。

 インバウンド客がコロナ禍前をしのぐ勢いで日本へ渡来しつつある今、九州はかねてより低い比率と指摘されていた欧米からの来客へ本腰を入れてはどうか。そしてそれには、九州の温泉が“ぬるさ”を盾に、インバウンド客の温泉地めぐりへ範を垂れる好機にきているのではないかと考える。どうやら日本人の好む湯が、彼らには熱すぎるらしいから。

タトゥーと倶利伽羅紋紋

 2015年、観光庁は入れ墨がある外国人旅行者への対応について、日本各地の温泉施設に実態調査を行っている。ホテル452施設、旅館3,116施設、その他200施設に調査表を送付し581施設(15.4%)から回答を得た。

(1)入れ墨がある方に対する入浴について
・お断りをしている施設が約56%
・お断りしていない施設が約31%
・シールなどで隠す等の条件付きで許可している施設が約13%

(2)入れ墨がある方の入浴をお断りする経緯について
・風紀、衛生面により自主的に判断しているが約59%
・業界、地元事業者での申し合わせが約13%
・警察、自治体等の要請、指導によるものが約9%

(3)「 お断り」等の周知方法
・ポスター、看板等設置によるものが約70%
・受付時に直接お断りするものが約15%

(4)入れ墨をした方の入浴に関したトラブルの発生の有無
・ないとするものが約78%
・あるとするものが約19%

(5)入れ墨をした方をめぐる苦情の有無
・ないとするものが約52%
・あるとするものが約47%

 こうした結果を踏まえ、観光庁ではインバウンド客急増とこれにともなう温泉入浴時の問題発生への対策として留意点や対応事例を16年3月に示し、対応改善を促している。

<背景>
入れ墨がある方の入浴については、外国人と日本人で入れ墨に対する考え方に文化的な違いがあり、すべての方を満足させる一律の基準を設けることは困難であると考えています。しかしながら、外国人旅行者が急増するなか、入れ墨がある外国人旅行者と入浴施設の相互の摩擦を避けられるよう促していく必要があります。このため、観光庁においては、入れ墨がある外国人旅行者の入浴に関する留意点や対応事例をとりまとめ、個別の施設の対応改善を促すことにしました。

<具体的取り組み>
入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例
①留意すべきポイント
・宗教、文化、ファッション等のさまざまな理由で入れ墨をしている場合があることに留意する。
・利用者相互間の理解を深める必要があることに留意する。
・入れ墨があることで衛生上の支障が生じるものではないことに留意する。
②入浴に関する対応事例
(1)一定の対応を求める方法
・シールなどで入れ墨部分を覆い、他の入浴者から見えないようにする(衛生的な入浴着などを着用する方法も考えられる)。
・入れ墨のサイズが小さく(たとえば、手のひらサイズ)、他の入浴者に威圧感を与えない場合は特別な対応を求めない。
(2)入浴する時間帯を工夫する方法
・家族連れの入浴が少ない時間帯への入浴を促すようにする。
(3)貸切風呂などを案内する方法
・複数の風呂がある場合、浴場を仕分けてご案内する。
・貸切風呂がある施設では、貸切風呂の利用をご案内する。
・宿泊施設の場合、専用風呂のある客室などをご案内する。

 これに加え観光庁は、JNTOや旅行会社へ「我が国においては、入れ墨に対する独特なイメージがあること」「入れ墨をしている場合は、一定の対応を求められる場合があること」を情報提供していくとした。日本へ赴くに際し、旅行当事者にはこうした現地事情のあることを前もって承知しておいてくれというわけだ。

 しかし、これらは施設側と利用者との間に生じる摩擦を、現場裁量に委ねる姿勢にとどまるものといえる。むしろアンケート調査で「その他」や「無回答」となっている部分に、問題や現場の苦慮が含まれていると考える。つまるところ、現場へ丸投げなのである。

“九州TATTOOフェス手形”

(下呂温泉)野外河川敷の露天風呂ならタトゥー入湯も風景に同化
(下呂温泉)野外河川敷の露天風呂なら
タトゥー入湯も風景に同化

    その後のラグビーW杯日本大会(19年)と東京オリンピック(22年)で、海外から大勢の訪日客があった。とくにラグビーでは選手をはじめ、来日したサポーターの少なからずがタトゥーを施しているのをうかがえた。民俗を思わせる図柄もあれば、家族などへの忠誠らしき文言が彫られているものもあった。押し並べて迫力を感じさせるものではあったが、必ずしも他者に脅威をおよぼそうという印象でもなかった。

 ラグビーW杯期間中、九州では福岡、熊本、大分の3会場で計10試合が開催された。各国代表チームは宿泊先で全館なりフロアなりを貸し切るであろうし、タトゥー選手と一般客の混浴状態はなかったと思われる。他方、一般サポーターについてはビールをたらふく飲んだ後でも分散して宿泊したであろうし、ごつい身体にタトゥーをまとったインバウンド客と華奢な日本人客が混浴になる場合は、相応にあったように推察する。が、そうした混浴がトラブルをもたらしたというニュースを聞くことはなかった。希望的観測ではあるが、インバウンド客のタトゥーは、許容範囲へ収まりつつあるのかもしれない。

 そこで、ぬるま湯タトゥーキャンペーンを提案する。ぬるま湯なら、灼熱温泉で真っ赤に茹で上がり自慢のタトゥーの発色が損なわれることもないだろう。SNSに裸の画像はアップしがたいが、九州の浴場脱衣所は多様性を認め合う紅蓮の絵図を描き出し、他所で“異教迫害”されたインバウンド客がこぞって九州の大浴場に浸かりまくる構図だ。

 歯を食いしばって湯に身体を沈め、ほうほうの体で洗い場に逃れ、喫水線から下がくっきり朱に染まった外国人旅行者の姿は、九州の湯浴みに似つかわしくない。ほどよい湯加減で効能豊かな温泉は、熱がりの外国人にうってつけだ。今、九州の温泉がタトゥーインバウンド客へ向かい合う妙案を編み出せば、LGBTQの旅行者に向けても革新の浴場対応を見出すやもしれない。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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