2024年05月02日( 木 )

日本の食料安全保障とフードテックの可能性(中)

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東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 鈴木 宣弘 氏

 命や環境を顧みないグローバル企業の目先の自己利益追求が世界の食料・農業危機につながったが、その解決策として提示されているフードテックが、環境への配慮を隠れ蓑に、さらに命や環境を蝕んで、次の企業利益追求に邁進していないか。これで日本と世界の農と食と市民の命は守れるのかを検証する。

食料自給率が低下した理由

 日本の食料自給率は38%というが、実質的にはもっと低い。野菜で考えると如実にわかる。野菜の自給率は80%というが、その種は9割が海外の畑で種採りされているため種が止まれば自給率は8%になってしまう。さらに化学肥料原料はほぼすべてを輸入に頼っている。肥料が止まれば収量は半減。つまり、野菜の実質自給率は4%になってしまう。

 海外から食料や生産資材の輸入が滞りつつある危機が高まっている今、飼料に加えて種と肥料も考慮して、直近の農水省データから実質的自給率を試算すると、22年の日本の食料自給率(カロリーベース)は37.6%だが、これに肥料の輸入が止まって収量が半分になることを想定すると22%まで落ちる。同じく、野菜だけでなく、コメ・麦・大豆の種も海外から9割が輸入されるような最悪の事態を想定すると、種が止まると実質自給率は9.2%と計算される。

 日本の食料自給率がこのように低くなり、食料危機に耐えられるのか、日本の食料安全保障は大丈夫なのか、という事態になった背景には米国の政策がある。我が国は、米国の占領・洗脳政策の下、米国からの要請をGATT・WTO、FTAなどを通じて受け入れ続けてきた。

 畳みかける農産物関税削減・撤廃と国内農業保護の削減に晒され、農業を弱体化し、食生活「改善」の名目で「改変」させられ、戦後の米国の余剰農産物の処分場として、グローバル穀物メジャーなどが利益を得るレールの上に乗せられ、食料自給率を低下させてきた。

 米国農産物輸入の増大と食生活誘導により日本人は米国の食料への「依存症」になった。そうなると米国の農産物の安全性に懸念がある場合にも、それを拒否できないというかたちで、量的な安全保障を握られると質的な安全保障も握られる状況になった。

 日本側も、米国の利害にしっかりと応えるように農産物の関税撤廃をお土産、「いけにえ」として米国に差し出し、その代わり日本は自動車などの輸出で利益を得ていこうとした。そうすれば経済産業省の方は自分の天下り先も得られるという側面がある。「食料など金を出せば買えるのだ。それが食料安全保障だ」という流れが日本の経済政策の主流になった。

 もう1つは財務省だ。米国の要請に呼応するかのように、信じられないくらい食料と農業のための予算を減らしている。農水予算は1970年には1兆円で防衛予算の2倍近くあったが、70年経ってもまだ2兆円だ。再生エネ電気買取制度による22年度の買取総額は4兆2,000億円で、これだけで農水省予算の2倍である。安全保障の要は、軍事、食料、エネルギーと米国などではいうが、なぜ、その要のなかでも一番の要の食料だけがこんなにないがしろにされてきたのか。

 こうした一連の流れは、日本農業を当然苦しくする。食料の輸入が増え、自給率が下がり、食料危機に堪えられない構造が形成された。

フードテック イメージ

武器とコオロギでは生き延びられない

 そこに、先述の通り世界的な食料争奪戦が勃発した。中国の「爆買い」やウクライナ紛争により、日本の食料とその生産資材の輸入途絶のリスクが高まっている。「お金を出せば輸入できる」のが当たり前でなくなり、肥料、飼料、燃料などの暴騰にもかかわらず農産物の販売価格は上がらず、農家は赤字にあえぎ、廃業が激増している。

 国民の命を守るには国内の食料生産を増強する抜本的な対策が必要と思われるが、逆に、コメつくるな、牛乳搾るな、牛処分しろ、ついには生乳廃棄で、「セルフ兵糧攻め」のようなことをやっていては、本当に「農業消滅」が急速に進み、不測の事態に国民は餓死しかねない。

 一方で、増税してでも防衛費は5年で43兆円に増やし、経済制裁の強化とともに、敵基地攻撃能力を強化して攻めていくかのような議論が勇ましく行われている。欧米諸国と違って、食料自給率が極端に低い日本が経済制裁強化だと叫んだ途端に、自らを「兵糧攻め」にさらすことになり、戦う前に飢え死にさせられてしまう。戦ってはならないが、戦うことさえできない。

 さらには、SDGsを「悪用」して、水田のメタンや牛のゲップが地球温暖化の「主犯」とされ、まともな食料生産の苦境を放置したまま、昆虫食や培養肉や人工卵の機運が醸成されつつある。しかも学校給食でコオロギが出されたり、パウダーにして知らぬ間にさまざまな食品に混ぜられたりしている。

 イナゴの食習慣は古くからあるが、漢方で避妊薬にもなるようなコオロギで子どもたちを「実験台」にしてはならない。戦後の米国の占領・洗脳政策による学校給食や今年からのゲノム編集トマト苗の全国の小学校への無償配布と同じように子どもたちを「実験台」にした拡散戦略を繰り返してはならない。

 まともな食料生産振興のための支援予算は長年減らされ、トマホークなどの大量購入と昆虫食などの推進が叫ばれている。コメを減産し、乳牛を処分し、牛乳を廃棄し、不測の事態にはトマホークとコオロギをかじって生き延びることができるのか、今こそ考えなくてはならない。

(つづく)


<プロフィール>
鈴木 宣弘
(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授、専門は農業経済学。1958年生まれ。東大農学部卒業後、農林水産省に入省。2006年から現職。三重県志摩市の半農半漁の家の1人息子として生まれ、田植え、稲刈り、海苔摘み、アコヤ貝の掃除、うなぎのシラス獲りなどを手伝い育つ。安全な食料を生産し、流通し、消費する人たちが支え合い、子や孫の健康で豊かな未来を守ることを目指している。近著に『このままでは飢える!』(筑波書房ブックレット)、ほか『世界で最初に飢えるのは日本──食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)、『農業消滅──農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『食の戦争──米国の罠に落ちる日本』(文春新書)など著書多数。

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