オルタナティブがない絶望(前)
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政治経済学者 植草一秀 氏
支持率低迷が2年も続いた岸田内閣がようやく終わる。古きが廃れれば新しきが興ることが本来は期待されるが、その希望は存在しない。代替のことをオルタナティブと表現するが「オルタナティブがない絶望」が支配している。2023年後半以降に顕在化した自民党裏金事件。政治家は本来、国民に対する奉仕者である。しかし、自分にのみに奉仕する者が日本政治を支配している。腐敗した政治が朽ちるのは当たり前だが、朽ちた政治の土壌からゾンビが現れて再び政治を支配しようとしている。ゾンビを駆逐するはずの救世主が不在である。日本経済の停滞は30年におよぶ。かつての栄光は完全に消滅した。格差は拡大し、圧倒的多数の国民が下流に押し流されている。民主主義の根本は主権者である国民が自らの意思で政治権力を創出することにある。その手立てがありながら、手立てを生かさない。この国を没落から脱出させるために何が必要であるのか。考察してみたい。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。政治と刑事司法の腐敗
2023年後半以降に明らかになったのは自民党政治のどうにもならない腐敗である。政治資金規正法は「政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため」に、「政治資金の収支の公開ならびに政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより」「政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与すること」を目的として制定された。
政治資金の収支公開は「政治とカネ」問題に対応する1-1。昨年11月に発覚した裏金事件で、自民党は組織的に意図して法律の根幹を犯した。85名の議員が犯罪行為に手を染めた。1,000万円で区分しても21人が抵触する。
2009年に創作された西松建設事件では、西松建設関連政治団体からの寄附を事実通りに収支報告書に記載した行為を検察は虚偽記載だとして摘発した。このとき、摘発と無罪放免の線引きラインになったのが1,000万円。検察は政治団体の実体が存在しないとの前提で強権を発動したが、実際には政治団体には実体があった。特高警察並みの政治弾圧であることが明らかになったが、線引きは1,440万円の小沢一郎氏を摘発対象にし、778万円の二階俊博氏を無罪放免にするための作為だったと考えられる。自民党裏金事件で1,000万円を境界に設定すると21名の議員が摘発されたはずだが、今回は境界が4,000万円に設定された。今回も3,526万円の二階俊博氏をセーフにするための水準が境界に設定された。
要するに、この国では政治だけでなく、検察も腐敗しているのである。蜜柑箱に腐った蜜柑を投入すれば全体が腐敗するのと同じ。絶望的な政治と刑事司法の現実がある。
自民党の巨大組織犯罪に対して野党は徹底攻撃すべきだった。予算審議の段階で政治資金規正法改正の具体案について与党の言質を取るべきだった。しかし、野党は与党の予定日程通りに予算を成立させた。予算が成立した後の国会で法改正を審議しても圧倒的少数の野党の主張が通るわけがない。想定通り、法改正とは名ばかりのザル法改正が強行された。
政治資金規正法の最大の抜け穴は政党から政治家個人への寄附を認めていること。同法21条の2の2項が政治家個人への寄附を禁止の例外として定めている。この条項を削除することが法改正の最低ラインだった。
自民党では幹事長に年間10億円が寄附され、使途が一切公表されない。規正法を有名無実化している条項なのだ。ところが、国会は同条項を削除しなかった。野党も同条項を活用して政策活動費(政活費)を捻出してきた。自民党の政活費の一部が野党に還流しているともいわれる。
政活費の実態は生活費、遊興費であり、税金を原資とする巨額のあぶく銭=遊興費を与野党が結束して守り抜いたといえる。
日本経済の凋落
糾弾されるべきは与党だけでない。維新、立民、国民の野党三党も同じ穴のムジナ。自民党が総裁選を実施して選挙の顔を変えるが、誰も政治資金規正法抜本改正を公約に掲げない。自民党総裁選はムジナの互選でしかない。選挙用に表の顔を差し替えるだけで、裏の腐敗の沼はそのまま放置される。
問題は政治の腐敗だけでない。日本経済が衰退の30年を経過したが、いまなお復活の兆しすら見えていない。1995年以降の先進5カ国と中国のドル換算名目GDP推移を見ると日本経済の凋落は鮮明だ。日本のGDPだけが縮小している。1995年を100とする指数での2023年水準は米国の358、中国の2,416に対して日本は76である。中国経済の規模が24倍に拡大した約30年間に日本経済は4分の3に縮小した【図】。
国民にとって最重要の経済計数は実質賃金だ。労働者1人あたりの実質賃金指数は1996年から2023年までの27年間に16.7%も減少した。日本は世界最悪の賃金減少国である。OECDが公表する購買力平価ベースの平均賃金水準で日本はG5と韓国を入れた6カ国の最下位に沈んでいる。韓国に抜かれたのは16年のこと。GDPの規模で日本は23年にドイツに抜かれて世界4位に後退。25年にはインドに抜かれて第5位に転落する見通しである。
日本国民の所得水準が落ち込むなかで格差も拡大してきた。国税庁発表の22年民間給与実態調査によると、1年を通じて勤務した給与所得者の51%が年収400万円以下、21%が年収200万円以下である。年収1,000万円超は全体の5%である。純金融資産が3,000万ドル(約44億円)を超える層を超富裕層と定義する英国の調査会社Altrataが公表する「超富裕層レポート2023」によると、日本の超富裕層人数は1万4,940人で世界第4位。経済全体は沈み込んでいるが超富裕層が増大している。
かつて日本は一億総中流と表現される所得格差が相対的に小さい国だった。それが一変して、いまや世界有数の格差大国に転じている。格差が拡大しても所得の少ない階層の所得水準が増大している場合には不満は緩和される。しかし、日本では圧倒的多数の国民が所得減少に追い込まれ、その一方で、法外な超富裕層が増大している。このような変化が生じたプロセスとはどのようなものであったのか。
(つづく)
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーヴァー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。関連キーワード
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