危機に瀕するマスメディア─テレビ報道の凋落と新たな挑戦(前)

『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏

 既成のメディアがかつての力を失っていく現状をどう変えていったらいいのか。その答えがアメリカにあった。

テレビ離れと堕落するワイドショー

 私は、スポーツ中継以外、テレビはほとんど見ない。

 テレビはNetflixやAmazonPrimeを映し出すディスプレイとして使うことがほとんどである。朝飯のときは、カミさんがワイドショーを見ているので、仕方なく聞き流している。どんなに重要なニュースがあっても、「大谷さん」が打った走ったと、延々と繰り返すワイドショーは、公共の電波の無駄遣いとしか思えない。ましてや、奇を衒ったお子様小説やマンガを題材とした安っぽいドラマなど見る気は、さらさらない。

 だが、「このドラマだけは、見てもいいかな」と珍しくテレビをつけた。TBSで4月13日の日曜日午後9時、これまで数々の話題のドラマを茶の間に送り出してきた「日曜劇場」が、テレビの報道番組を取り上げ、話題になっている。

 主演の型破りなキャスターを演じるのは阿部寛。第1話の初っ端で、長く続いてきたニュースショーのキャスターに抜擢された阿部はこういい放つのだ。
「現代の日本の報道はコンプライアンスや時代の空気に合わせ安心安全な情報ばかり。さらにネットの話題をコピペして取り上げる始末。そりゃあたしかにわざわざテレビなんて見ませんよ。そしていつしか視聴者も我々報道すらもスクープを追い求めなくなってしまった。ですので、私はこのぬるい番組をぶっ壊します!」

 ぬるいワイドショーを熱心に手がけ、視聴率を競っているテレビ朝日、フジテレビ、日本テレビにはできない骨太のドラマである。

 今や、スクープは週刊文春の一手販売で、情けないことに新聞やテレビは、嬉々としてその後追いをするだけの下請メディアに成り下がってしまっている。その文春にスクープがない週は、相も変わらず「オ~タニサン」の話題で時間を稼ぐ。なぜなら、大谷翔平は文春でさえ手を出せない「不可侵領域」だからである。

スクープなきテレビと新聞の没落

イメージ    昔々、TBSは「報道のTBS」といわれた時代があった。毎日新聞の系列で、朝日新聞系列のテレビ朝日、読売新聞系列の日本テレビよりも、ネタどり、裏付け取材、それを報じるキャスターの質も他社より優れていた。

 だが、そういえたのは元朝日新聞記者の筑紫哲也がTBSの『NEWS23』のキャスターを務めていた頃までだった(現在土曜日の夕方に放送されている『報道特集』は頑張ってはいるが)。

 テレビ朝日も田原総一朗の『サンデープロジェクト』や久米宏の『ニュースステーション』を立ち上げ、「報道のテレ朝」といわれたこともあった。だが、現在会長でテレ朝の“ドン”といわれる早川洋が次々に番組を終了させ、現在の『報道ステーション』をニュースバラエティショーへと変貌させてしまった。

 始まった『キャスター』が今後どう展開していくのかわからないが、今のワイドショーや報道とは程遠いニュースショーの裏側を抉るようなドラマになってほしいものである。だが、そうはならないだろうとは思うが……。

 部数が激減してきている新聞はもちろんのこと、テレビも経営状態は年々悪化してきている。マスメディアの経営実態は、ひと言でいえば「不動産業」である。新聞社がまだ儲かっていたときに土地を買い漁った。それが本業の赤字を何とか埋めてくれているから、“臨終”を先延ばしにしているだけである。

 新聞の経営者の本音は、都内の一等地から新聞社を地方に移して、跡地に巨大なビルでも建てて、家賃収入を稼ぎたいと思っているに違いない。報道とはこうあらねばならないなどと「お題目」を唱える余裕さえなくなっているはずだ。

 中居正広の性加害問題で揺れているフジテレビがその典型である。

 フジテレビの“ドン”といわれた日枝久が率いてきたフジサンケイグループは、メディアグループではなく、ホテルや所有するビルの管理などをやることで利益を得ている不動産グループである。

 大株主であるアメリカの投資ファンド「ダルトン・インベストメンツ」や旧・村上ファンドの村上世彰が、フジテレビの経営の刷新などと吠えているが、腹のうちは、フジテレビが所有する不動産を含めた資産目当てに違いない。

 身も蓋もない言い方をすれば、この国のメディアに明日はない。

トランプ政権とアメリカ報道界の危機

 しかし、第二次トランプ政権になって、アメリカのメディアも大変な危機を迎えている。

 トランプが、メキシコ湾をアメリカ湾に名称を変更するといい出し、多くのメディアが仕方なくそれに従ったが、AP通信だけはメキシコ湾を使い続けたため、「ホワイトハウス内を取材する記者証は保持できるが、大統領が現れる会見やイベント、大統領専用機への搭乗が禁止された」(朝日新聞4月11日付「津山恵子のメディア私評」)のである。

 当然のことながら、AP通信側は、
「『報道の自由の侵害』だと反発。出入り禁止によって回復不可能な『損害』を受けたと主張し、ワシントンの連邦地裁に出入り禁止措置の解除を求める差し止め請求を行った。判事は最終的に、『メキシコ湾』を使うという編集方針を理由に取材を制限することは、『言論の自由』を保障するアメリカ合衆国憲法修正第1条に反するとしてAPの訴えを認めた」

 だが、トランプは、さらにホワイトハウス記者会(WHCA)が管理運営してきた会見室49席の配分を、政権側が管理するといい出したのだ。津山によれば、
「ニュースサイト『Axios(アクシオス)』は、人気が上昇する新興メディアを政権側が前列に配列し、主要メディアを後列にする計画だと報じた。

 新興メディアには、トランプ氏寄りの保守系メディアが想定される。すでに、トランプ氏が参加するイベントや出張の代表取材社には『ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク(OANN、右派のケーブルニュース局)』『スペクテーター(英保守系雑誌)』などの新顔が登場している。政権が今年2月にWHCAが仕切っていた代表取材社の管理権を奪ったためだ。

 記者会のユージーン・ダニエルズ会長は声明で「ホワイトハウスが会見室を支配したい理由は、(中略)彼らが不満を抱くような報道をする記者にプレッシャーをかけるためだ」と批判したというが、トランプのなりふり構わないメディア支配欲は、とどまるところを知らないようだ。

 ニューヨークタイムズはまだそこまで行っていないが、Amazonのジェフ・ベゾスCEOが買収したワシントン・ポストは、ベゾスが編集方針に介入し、オピニオン担当の幹部が辞任してしまった。

 だが、そうしたことに反発した読者が数十万単位で購読を止めたといわれている。ウォーターゲート事件を報道し、ニクソン大統領を辞任に追い込んだボブ・ウッドワード記者がいたワシントン・ポストがこの惨状なのである。

(つづく)

(文中敬称略)


<プロフィール>
元木昌彦
(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏『週刊現代』元編集長。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

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