2024年04月19日( 金 )

現代の日本医療に必要とされるもの(2)

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カマチグループ 会長 蒲池 真澄 氏
九大病院第一内科 教授 赤司 浩一 氏

家庭医の制度なき国で地域包括ケアを行う難しさ

 ―─医療費を削減するために、国が延命技術に長けた病院への依存度を低くしようとしているという意見も出ています。


 赤司 そこは誤解が生じやすいところですが、医療費の削減は医療制度の効率化の問題であって、生命をないがしろにするという意味ではありません。日本の医療制度はアメリカのやり方からすると、効率が悪い、という見方もあるのです。アメリカと日本は、倫理観も違いますが、ビジネスの仕組みや社会通念など、何事においても価値観が違いすぎます。そのひとつに、医療システムの違いがあるのです。


 ―─それに代表されるのが、国民皆保険制度の有無ですね。


九大病院第一内科 教授 赤司 浩一 氏


 赤司 そうです。日本は国民が皆、公的な保険制度に加入しているので、受診する病院を自由に選択できる、いわゆるフリーアクセスが特徴となっています。しかしアメリカでは、受診すべき病院があらかじめ定められています。地域包括ケアシステムを立ち上げようとしている日本において、アメリカなどにあって日本にないものは、治療の初期を家庭医で統一するというシステムの存在です。
 例えば、日本では眩暈がしたら、「メニエール氏病かもしれないから、耳鼻科に行って診てもらおう」などと、自分で病院を選択することができます。しかしアメリカでは、まず地域の家庭医に診てもらって、家庭医が「耳鼻科へ行くべき」と判断してからでないと耳鼻科の受診を予約することはできません。そして予約から受診までが1週間。受診してそこから「メニエール氏病のようだから詳しく検査を」と診断され、検査までに2週間などと時間が掛かり、その間に治ってしまうようなことさえ起こります。


 ―─逆に悪化することもありそうですね。


 赤司 米国では、普通の医療保険に加入している人は、家庭医受診から始まるステップをこなしていくことが求められ、これが平均的な医療だと言えます。
 しかし、高額な保険に入っていれば、診療までのステップもシンプルになり、診療の幅も広がります。日頃から自分の健康を守るために投資しているのならいざというとき、一番腕がいいところにドクターヘリで連れて行ってもらうことだってできます。
 アメリカには何事にも強いヒエラルキーがあります。医療においても、「自分の身は自己投資して自分で守る」という考え方と、実際に自己投資がどれだけできるかによって、ゆるぎないヒエラルキーが構築されています。
 一方、日本の場合、自由に病院を選べ、自由に他地域の病院を受診できます。便利ではありますが、その分患者は情報に振り回され、右往左往し医療費が無駄に掛かる、という事態も生じやすい。非常に効率が悪いシステムとも言えます。そこで日本でも、アメリカのシステムに準じて、まず家庭医、かかりつけ医に診てもらい、救急や急性期医療以外であれば、後は地域で包括的に診てもらえるようなケアシステムを構築し、診療の重複や急性期への患者の集中を避けようとしています。しかし、最初からどこで受診しても構わない保険制度下にある日本では、家庭医の有無の時点でそのシステムが成り立ちません。


 ―─自由さゆえの不自由さが生じているのですね。


 赤司 とくに最先端医療を受けるとなると、不自由さが生じます。日本の場合、標準的な医療はかなり高度なものまで受けることができるのですが、最先端医療となると保険適応外となるので、自由には受けられません。
 例えば、肺がんになって標準的な治療を受け、「ある程度回復した、じゃあここで保険適応外ではあるものの、よく効く最先端の新薬を使って一気に完治へ近づけよう」と思っても、基本的にできないのです。保険適応内治療に、ほんの少しでも保険適応外治療を併せた途端、初診から最先端医療のすべての治療が保険適応外となるからです。つまり「混合診療」を国は認めない、という問題がここにはあります。


 蒲池 当院でその典型的な例がありました。まだ体外式補助人工心臓の認可が下りているものといないものがあった頃、風邪に似た症状で他病院から紹介を受けて当院で受診した20代の女性が、心停止状態になりました。劇症心筋炎だったのです。最初はPCPSという保険適応内の人工心肺の一種で処置しましたが、これが3日間しか機能しないので、十分な治療が施せませんでした。やむなく3週間は機能するアメリカの医療機器メーカーアビオメッド社の体外式補助人工心臓を用いて3週間で治療にあたりました。しかし、これが保険適応外だったので、結果的に混合診療になってしまったのです。助けることはできましたが1,200万円、――30年前ですから、今の1,200万円とは相場が違います――の治療費になりましたが、小さな子どもを抱えたお母さんだったから30万円払うのが精いっぱい。こちらが救命を最優先とした結果としてそうなったのだから、その時はお母さんの立場を考慮して当院で負担しました。
 だが患者さんのためになる治療を最優先とすることと、高額な医療費を病院が負担することは別問題です。同じケースがあってはならないと後日厚労省に申請して、これ以降はその人工心臓も保険適応内として認めてもらえるようになりました。

(つづく)
【聞き手・文:黒岩 理恵子】

 

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