森山幹事長、政治生命をかけて消費税減税を阻止する本当のワケ

 7月の参院選をにらんで与野党から噴出する消費税減税論に立ちはだかっているのが、自民党の森山裕幹事長だ。減税の是非が最大の争点になると認めたうえで「財源を赤字国債に頼れば、財政破綻の道をたどる」と猛烈に反論。「自民党の幹事長として、自分の政治生命をかけて、この問題に対処する」と一歩も譲らない姿勢を鮮明にしている。

 昨年の総選挙で減税を掲げた国民民主党とれいわ新選組が躍進する一方、自公は惨敗して過半数を割り、少数与党に転落した。米価をはじめとする物価高騰やトランプ関税による株価暴落が追い打ちをかけ、永田町では「消費税減税を掲げなけければ、参院選はとても戦えない」という空気が一気に広まった。

 国民民主党は所得税やガソリン税の減税に加えて「消費税を一律5%に」を前面に打ち出し、財源は赤字国債でよいと主張。れいわも赤字国債は何の問題もないとして「消費税廃止」を掲げて勢いづく。両党は「元祖・減税派/積極財政派」として、財政収支の均衡にとらわれる必要はないという立場は明確だ。

 国民とれいわへの追い風に激しく動揺しているのが、自民党と立憲民主党の二大政党である。こちらは、世論に背中を押されて減税論にじわじわと引き込まれている様相だ。

 立憲の野田佳彦代表は、首相時代に「消費税増税の自公民3党合意」を実現させた筋金入りの財政規律派である。当初は消費税減税に断固反対していたが、江田憲司氏ら党内減税派が勢いづいたため、参院選前の党分裂回避を優先して「食料品に限り1年限定で消費税率をゼロにする」という公約を打ち出した。

 もっとも「赤字国債は認めない」との立場は堅持し、その結果、減税案はごく限定的な内容にとどまっている。抜本的な物価高対策というよりも、党内の減税派の離反を防ぐことを目的とした玉虫色の妥協案といっていい。

 自民党では高市早苗氏ら反主流派や参院改選組である松山政司参院幹事長らから減税論が噴出し、石破茂首相も一時は減税容認に傾いた。連立のパートナーである公明党でも減税論が強まり、斉藤鉄夫代表は一時、赤字国債発行を容認する姿勢さえみせた。

 これに待ったをかけたのが、森山幹事長である。5月8日夜に石破首相を行きつけの日本料理屋に呼び出して説き伏せ、参院選は消費税減税に反対の立場で臨む方針を確認した。いまや森山氏は、消費税減税に反対する財務省の「守護神」といってよい。

 森山氏は終戦の年に生まれ、この春80歳になった。鹿児島の大隅半島の農家に生まれ、働きながら夜間の高校に通ったという。その後、鹿児島市議を経て、53歳で参院議員として国政デビューした。遅咲きのたたき上げの政治家だ。

 当初は畜産王国・鹿児島の農水族議員の1人に過ぎなかった。次第に参院のドンだった青木幹雄元官房長官に評価され、参院自民党を率いる後継者として期待されたが、それをふりきり59歳で衆院に転じた。郵政民営化法案には造反して離党し、復党した後は、落ち目の山崎派に身を寄せた。山崎拓元幹事長から派閥会長を受け継いだ石原伸晃氏のもとで派閥はさらに弱体化し、石原氏が2021年の総選挙で落選した後、森山氏がこの少数派閥を受け継いだのである。

 いわば自民党内の「傍流」を歩んできた森山氏を実力者に引き上げたのは、二階俊博元幹事長である。安倍政権下の17年に国会対策委員長に抜擢。森山氏は21年まで4年間、国対委員長を務めることになる。その在任期間は史上最長だ。

 自民党の国対委員長は野党に加え、予算編成から成立までの道筋をつくる財務省とも密接になる。森山氏はこの間に立憲国対族のドンである安住淳元財務相ら野党人脈を張りめぐらし、財務省とも昵懇の関係を築き上げた。

 その後は選挙対策委員長、総務会長と党の要職を歴任し、石破政権ではついに幹事長に就任。自公が過半数を割り、野党の協力なしには予算も法律も通らない少数与党国会のもとで「影の総理」と呼ばれるほど権勢をふるうことになった。国対委員長時代に培った野党人脈と財務省との信頼関係が、弱小派閥のトップに過ぎなかった森山氏の政治基盤を支えている。

 その森山氏が参院選を目前に控えた今、消費税減税に断固反対しているのは、石破政権を守ること以上に、財務省との信頼関係を優先にしているからにほかならない。裏を返せば、財務省こそ、森山氏の政治力の源泉なのである。

 同じことは、立憲の野田代表にもあてはまる。民主党が政権を奪った09年、鳩山内閣で財務副大臣に就任した後、菅内閣で財務相に昇格し、菅内閣が倒れると後継首相の座についた。まさに財務省によって首相に押し上げられた政治家なのだ。

 自民党では森山幹事長が「影の総理」として君臨し、立憲民主党では野田氏が代表に復帰した。しかも国会は少数与党で、野党の協力なしには政権を運営していけない。いまの政治情勢は、財務省が与野党合意で消費税増税を進める千載一遇のチャンスである。参院選後が終われば3年間は国政選挙が予定されていない。自民・立憲の大連立の好機が訪れるのだ。

 森山幹事長が消費税減税を拒否するのは、参院選後に財政規律を重視する大連立を仕掛ける以上、参院選の公約に減税を掲げるわけにはいかないからだ。野田代表が減税を容認しつつも赤字国債の発行だけは拒む理由もそこにある。

 森山氏は自民党が参院選で敗北してもやむを得ないと腹をくくっている。「自民党の幹事長として、自分の政治生命をかけて、この問題に対処する」という言葉にその覚悟が凝縮されている。

 いや、むしろ自民党が敗北したほうが「国難」を口実に立憲との大連立に突き進む大義名分を得る。そのときは石破首相と自分(森山幹事長)が敗北責任を取って辞めればいいだけだ。それと引き換えに自民・立憲の大連立が実現すれば、森山氏は功労者として「影の総理」の座を維持できる…。

 表のポストよりも裏の権力に執念を燃やす、今の自民党では稀有な老獪さがにじんでいる。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月、49歳で新聞社を退社し独立。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)。

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