衛生陶器業界のトップ企業であるTOTOが、中国市場での苦境に直面している。2025年4月28日、TOTOは2024年度(2024年4月~2025年3月)の決算報告を発表し、全体の業績は堅調に見えた。売上高は7,245億円で前年度比3.2%増、営業利益は485億円で同13.4%増と、表面上は安定した成長を遂げている。しかし、詳細なデータからは深刻な問題が浮かび上がる。中国市場の売上高は同20.4%減と大幅に下落し、営業利益に至っては36億円の赤字に転落した。中国市場はTOTOにとってかつての「金のなる木」だったが(今や「心の病」とも呼べる重荷となっている。この危機を乗り越えるため、TOTOは大胆な決断を下した。北京と上海にある2つの主要生産拠点の閉鎖である。本稿では、TOTOの中国市場での成功と苦境、そして今後の戦略について詳しく探る。
TOTOの中国進出・・輝かしい40年の歴史
TOTO (東洋陶器、2007年に正式名称を「TOTO」に変更)は、1917年に設立された日本を代表する衛生陶器メーカーだ。「高品質」「スマートトイレ」「日本ブランド」というイメージで知られ、とくに温水洗浄便座「ウォシュレット」は世界的な名声を博している。TOTOが中国市場に足を踏み入れたのは1979年で、これは日本国内でウォシュレットを発売した1980年よりも早い。改革開放直後の中国は経済発展の黎明期にあり、TOTOは先進的な技術と高品質な製品を武器に、いち早く市場に参入した。
過去40年間、TOTOは中国で目覚ましい成功を収めてきた。富裕層や中産階級を中心に、高級衛生陶器、スマートトイレ、キッチン・バスルーム製品が人気を博し、北京、上海、広州などの大都市ではTOTOのショールームが高級感漂う空間として消費者の心をつかんだ。価格は高額ながら需要は旺盛で、とくにスマートトイレは「高級ライフスタイル」の象徴として地位を確立した。たとえば、TOTOは中国市場向けに操作パネルを金色に変更するなど、現地の消費者の好みに合わせた戦略を展開。これが功を奏し、TOTOは「衛浴業界のベンツ」とまで称されるほどのブランドカを築き上げた。
TOTOの成功のカギは、単なる製品力だけでなく、緻密なマーケティングとサービスの構築にあった。直営店に加え、 テレビCMや地図アプリを活用したプロモーション(TOTO製品が設置された公共施設を強調) で、消費者に「見える・触れられる」ブランド体験を提供した。とくに、アフターサービスはTOTOの強みだった。中国市場ではアフターケアが不十分な企業が多いなか、TOTO の迅速な対応と専門的な修理体制は消費者の信頼を勝ち取り、競合他社との差別化を図った。これにより、TOTOは中国市場を海外事業の柱とし、長年にわたり安定した収益を上げてきた。
中国市場の暗雲・・三重の苦境
しかし、2024年度の決算報告が示すように、TOTOの中国事業はかつてない危機に直面している。売上高の20 .4%減、営業赤字への転落は、単なる一時的な不調ではない。TOTO が中国市場で直面する 「困局」(困難な局面)は、以下の3つの要因に集約される。
1. 不動産市場の長期低迷
中国経済は2024年も5%のGDP成長を持したが、不動産業界は深刻な停滞に陥っている。不動産は衛生陶器やキッチン・バスルーム製品の最大の需要源であり、新築住宅やリフォーム需要の減少はTOTOにとって致命的だ。決算報告では、「中国の不動産市場の長期低迷が業績に大きな打撃を与えた」と明言されている。消費者は高額な衛浴製品への支出を控え、TOTOの高級製品の需要は急落した。
2. 消費の「ダウングレード」と価格競争
中国の消費者の購買行動が大きく変化している。かつて中産階級はTOTOのような高級輪入ブランドを好んだが、経済の不確実性が高まるなか、「コストパフォーマンス」を重視する傾向が強まった。地元ブランドの箭牌(ARROW)や惠達(HUIDA)は、低価格と迅速なデザイン更新を武器に市場シェアを拡大。TOTOの高級ブランドイメージは依然として強みだが、価格競争では不利だ。決算報告でTOTOは、「市場の急激な変化への対応が遅れた」と自己批判している。この価格競争の激化は、TOTOの収益性を直撃した。
3. デジタル化の遅れ
中国市場のもう1つの特徴は、EC(電子商取引)とデジタルプラットフォームの急速な普及だ。淘宝網(タオバオ)、京東、抖音(TikTok)での購買が主流となり、若年層を中心にオンラインでの商品比較や購入が一般的になった。しかし、TOTOは伝統的なオフライン販売網に過度に依存し、EC展開が遅れた。地元ブランドはライブコマースや短編動画マーケティングを駆使して若者層を獲得したが、TOTOの高級路線はデジタル時代に「古臭い」と映った。このデジタル化の遅れは、とくに中低価格帯の市場での機会喪失につながった。
大胆な決断‥北京・上海工場の閉鎖
こうした危機に対し、TOTOは「耐える」ではなく「変える」選択をした。2025年4月28日、TOTOは北京の東陶機器(北京)有限公司と上海の東陶華東有限公司の2つの生産拠点の閉鎖を発表した。1995年と2001年に設立されたこれらの工場は、TOTOの中国生産の中核であり、約2,000人の従業員を抱え、年間売上高は合計157億円に上る。しかし、4月28日以降、両工場は生産を停止し、清算手続きに入る。
この決定は、TOTOにとって「壮士断腕」ともいえる大きな賭けだ。2工場の閉鎖により、中国での生産能力は約40%削減され、2025年度には340億円の特別損失を計上する見込みだ。また、2,000人の従業員の再就職支援も急務である。TOTOは労働組合と補償策を協議中だが、SNS上では「上海工場で20年以上働いたのに失業した」との声も上がっており、社会的影響も無視できない。
閉鎖の背景には、コスト削減と生産効率の最適化がある。TOTOは今後、福建省の既存工場に生産を集中させ、2025年に大連で新工場を稼働させる計画だ。新工場では自動化設備を導入し、生産コストを抑えつつ市場低迷に対応する。TOTOの田村信也社長は、「これは中国事業を安定させるための止血措置」と説明している。
グローバル戦略の転換・・ベトナム・タイへのシフト
TOTOの中国市場での苦境は、単なる地域の問題ではない。グローバルな視点で見ると、TOTOは「中国依存」からの脱却を加速している。近年、TOTOはベトナムとタイに新たな生産拠点を構築。とくにベトナムでは、過去数年間で衛生陶器工場4カ所と水栓金具工場1カ所を新設した。これらの新拠点は、米中貿易戦争の影響や中国市場の不確実性を回避するための「バックアップ」として機能する。
ベトナムやタイの工場は、労働コストの低さと輸出の柔軟性を活かし、TOTOのグローバルサプライチェーンを強化。米国の対中関税が再び高まるなか、これらの拠点は北米や欧州市場への供給を担う重要な役割をはたす。中国での生産縮小は、こうしたグローバル戦略の一環でもある。
中国市場への執着・・撤退せず再構築
興味深いのは、TOTOが中国市場からの完全撤退を選ばなかった点だ。決算報告では、「今後も中国での事業を継続し、安定した運営を目指す」と明記されている。これは、中国市場の長期的な潜在力ヘの信頼の表れだ。中国は世界最大の消費市場であり、都市化の進展や中産階級の拡大にともない、スマートトイレや高級衛生陶器の需要が再び回復する可能性がある。TOTOは、この市場を見捨てるにはあまりにも大きな機会を失うと考えている。
TOTOの今後の戦略は、「効率化」と「適応」に重点を置く。大連の新工場は、自動化技術を活用し、コスト競争力を高める。また、ECプラットフォームヘの投資を増やし、若年層向けのマーケティングを強化する計画もある。田村社長は、「中国市場の変化に柔軟に対応し、持続可能な成長を目指す」と語る。こうした戦略が功を奏すれば、TOTOは中国市場での「困局」を打破し、再び成長軌道に戻る可能性がある。
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