システム論とコンピューター技術(中)

福岡大学名誉教授 大嶋仁

2.システム設計と技術

イメージ    世界をシステム論的に見てみたいと思った私であるが、つい最近、システム論の重要性を痛感させられる事件が起こった。システム設計の専門家である山縣俊夫と出会ったのである。氏の言葉を聞いて、システム論の意義をますます実感し、技術の重要性にも目覚めた。

 氏と知り合ったのは、オンラインの学会においてで、私が科学と文学の関係について話をしたその後で、氏がズーム画面の中央に登場し、はつらつとした表情で、技術とシステムの重要性を説いたのである。

 氏によれば、技術とは何かをつくり出すためのもので、氏はある目的のもとに新しいシステムを構築することを仕事にしてきたのだそうだ。一方、暇を見つけて哲学の勉強もし、そこから自分なりのシステム論を構築し、難航する国際政治の現状を見て、ついに「地球社会」を実現するための新しい政治システムを考案するに至ったのだという。

 氏によれば、技術とは本質的に「ものづくり」のためにあるもので、それを学者たち、とくに人文系の学者たちは軽視してきた。ものづくりには常に創意工夫が要求されるのであって、学問にも技術が必要で、そうでないと何ら創造的なものは生まれないというのである。なるほど、原始時代から現代文明に至るまで、技術あってこそ人類は生き延びてきた。

 氏はこの観点から、芸術と文学と科学を説明する。これらはいずれも新しいシステムを設計し、それを具現するものであって、システム論的発想の端的な表れだというのである。そうなると、文学も科学もすべてが技術であり、システムの創造となる。私は氏のわずか3分間のこの話に、いたく感銘を受けた。

 一般には科学のほうが技術より上と考えられているが、氏によれば、技術のないところに科学は生まれない。そういうわけで、科学と技術は区別されねばならない。

 さて、オンライン上での氏との出会いの数日後、氏からその著書『未来ナビと地球社会』が送られてきた。開いてみると、氏が国連事務総長に向けてこの本を書いたことがわかった。そこには現代の国際政治システムの不備についての嘆きはなく、むしろその不備を乗り越える具体的な手立てだけが示されている。このような前向きの書は、現代においては画期的だ。

 氏のいう手立てとは、今日発達している情報通信技術を駆使し、コンピューターを使って世界の現状を適切に把握し、それを基に「より良い未来の状態」をシミュレーション実験によって見つけ出すというものである。

 氏がもっとも強調しているのは、未来が現在の状態を出発点として、個々の人びとの今後の行動プラン、個々の企業の今後の経営プラン、各社会が目指す今後の政策プランの3種の行動プラン、そこに自然界、生物界との反応に対するシステム的な因果関係が加わって、総合的に形成されるものだということである。

 従って、良い結果が欲しいなら、それにふさわしい各種の行動プランをそれぞれの立場で選び実行しなければならないが、これを見極める作業は人知をこえる作業なので、そこでこの作業を助けるナビゲーターをまず作成しなければならないということになるのだ。

 このような作業はスーパーコンピュータによって可能となるが、このスパコンにネットワークで接続されたパソコンあるいはスマホを使って、誰もがシミュレーション実験に参加し、その結果、誰もが「より良い未来の状態」に至れるようにすると氏はいう。「未来はどのようになるだろうか?」という受け身の態度ではなく、積極的、能動的、実証的に「未来を創造する」という態度をもつことが重要となる。

 氏によれば、この手立ては「未来ナビ」と呼ばれ、未来の地球社会構築のナビゲーターの役割をはたすという。全世界の市民が身近に利用できるもので、世界全体がこのナビに従って現状の把握をし、より良い世界の状態を見定め、それを実現できるような新たな政治システムをつくっていけるというのである。
 そうなれば、全地球規模での直接民主制が実現する。もはや国籍も人種も関係なく、全世界の市民が世界全体を悩ます問題について議論をし、より良い解決策を模索することができるようになるのだ。

 一見すると夢物語のようでもあるが、正直なところ、私が真っ先に思ったのは、「そんなにうまくいくだろうか」であった。

 しかし、氏の論をていねいにたどっていくと、氏が無言のうちに、「そういうお前さんは、世界を現状のままでいいと思っているのか? 世界をもっとよくする具体的な方法があるなら、教えてほしい」と言っているのが聞こえてくる。現代の日本において、このように世界に声を発する人がいるとは、それだけでも驚きである。もっとも、氏の発想の根底に大乗仏教の思想があるとすれば、納得のいくことでもある。

 氏の本のなかには、「未来ナビは希望をもたらす」という言葉も見つかる。現代世界には「希望」がなくなっている。その希望を人類に与えることが、どうやら氏の目指すところの1つであるようだ。 

(つづく)

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