政治経済学者 植草一秀
参院選で自公が大敗し石破内閣与党は衆参両院で少数政権に転落した。政権運営は覚束ない。政権の枠組み転換が想定される。
石破首相は参院選の勝敗ラインを自公の与党で50議席確保と設定した。125議席を争う参院選での50議席確保は低すぎるハードル。責任問題が生じぬよう低すぎるハードルを設定したと言える。このハードルをクリアできなかったのだから責任問題浮上は必定だ。
石破首相は過去に自民党総裁を厳しく追及する経緯を有する。そのブーメランが石破首相を襲っている。石破首相は続投意思を表出しているが長く首相の座に留まれると考える者はいない。しかし、選挙が終わって2週間が経過したが今後の展望が見えてこない。参院選は応仁の乱。応仁の乱を経て混乱の戦国時代に移行する。その様相が強まっているように思われる。
今後の政局について、考えられるケースを想定しておきたい。政局の枠組み転換は避けられないと見られるが、考えられる政局の枠組みは以下の四つになるのではないか。
第一は自公プラスアルファ。維新か国民のいずれかが自公政権に参画する。野党党首を首班にすることが条件に付されるかもしれない。維新は連立政権入りに前のめりの姿勢を示す。橋下徹、前原誠司が主導する。維新はこれまでも〈隠れ自公〉の立場を鮮明に示していた。関西万博開催も政権与党へのすり寄りの結果生まれたもの。他方、国民民主も政権与党入りを渇望している。昨年10月総選挙後に政権交代の可能性が浮上したが、いち早くこのチャンスを潰したのが国民民主。
2025年の通常国会には二つの大変革が実現するチャンスがあった。二つの大変革とは企業団体献金全面禁止と消費税率5%。この二大変革を潰したのは国民民主である。自民党が企業団体献金全面禁止に反対することを念頭に置いた上で国民は〈全会一致〉を主張した。自民が反対する以上、全会一致での企業献金全廃は決定され得ない。
国民民主は総選挙に際して消費税率5%を唱えたが、選挙後に一切言わなくなった。代わりに叫んだのが103万円の壁。結局、自民党との協議の末に決定されたのは、わずか0.7兆円減税だった。25年度は定額減税廃止で所得税が2.3兆円増税になる。25年度の税制変更による増減税額は差し引き1.6兆円の増税に終わった。国民民主は結局のところ、財務省路線に乗っている
維新か国民が連立政権に加わるのが第一のケース。第二のケースは自民が極右総裁を選出して少数与党政権を樹立するもの。自民党が高市早苗氏を新総裁に選出する。保守、参政、場合によっては維新も連立政権与党に加わるかも知れない。維新が加わらなければ衆院で十分な数を確保できない。高市内閣が誕生しても短命政権に終わるだろう。しかし、可能性としては存在する。
第三のケースは自公が下野を選択して野党連立政権が樹立されるケース。しかし、野党全体の結束は見込めない。野党の一部が連帯して少数与党の新政権を樹立する。しかし、野党の特徴はバラバラな点にある。野党の大同団結は成立しない。少数野党政権が樹立される可能性があるが、やはり短期政権になる。
第4のケースは自公と立民の大連立。その狙いに最大の警戒要因が存在する。自公と立民大連立の狙いはズバリ〈消費税増税〉だ。最悪がこのケースだ。十分な警戒が求められる。
そもそもおかしいのが野田佳彦氏が立民党首に就任したこと。野田氏は史上最強の人気を誇った民主党を破壊した人物だ。2009年の鳩山政権樹立の功労者は小沢一郎氏と鳩山由紀夫氏。投票率が約7割に上昇した総選挙で鳩山民主党は歴史的勝利を収めた。この成果を木っ端みじんに破壊したのが野田佳彦氏。野田氏は2009年総選挙の際に消費税増税の不当性を声高に訴えた人物。その野田氏が2012年に消費税率を10%に引き上げる法律制定を強行した。
民主党では54名の国会議員が民主党を離党して新党を創設した。「国民の生活が第一」。小沢一郎氏が主導した。野田氏はこの小沢新党に巨額の政党交付金が交付されるのを阻止するために2012年末に総選挙を実施。この選挙で民主党は壊滅的敗北を喫した。小沢新党は激しい妨害工作を展開されて壊滅した。2009年の政権交代実現の偉業を灰燼に帰せしめたのが野田佳彦氏である。
その野田氏を党首に復帰させたこと自体が極めて不可解だ。2022年に安倍晋三氏が暗殺された際、追悼演説を行う役割を付与されたのが野田佳彦氏。舞台回しをする影の工作者がいる。
野田氏が立民党首に就任して以降、立民は党勢を拡大していない。自公が大敗すれば野党第1党の立民が躍進しなければおかしい。しかし、立民は低迷を続けるままだ。それにもかかわらず、野田体制が維持されているのは、どこかに強い力が働いているからだと考えられる。
他方、石破首相退陣の圧力が拡大してもおかしくない。リベラル勢力が高市内閣誕生を恐れて〈石破やめるなデモ〉を挙行しているが、これまでリベラル勢力の主張が尊重されたことがあっただろうか。今回に限って左派リベラル勢力の声が生かされていることは不自然。野田佳彦氏を持ち上げ、石破首相を支えているのは同じ勢力だと思われる。
その名はズバリ財務省。野田佳彦氏を財務副大臣、財務大臣、総理大臣に押し上げたのは財務省。その財務省が野田氏の立民党首への起用を画策したと見られる。
他方で石破氏は財務省に洗脳されている。日本財政が危機だとするデマゴギーを盲信している。財務省は野田氏と石破氏を支えて消費税再増税を挙行することを企んでいる。そのための釣り餌に準備されているのが〈給付付き税額控除所得税制度〉。所得税は収入金額が課税最低限を超えるところから課税が発生する。103万円というのは103万円までは納税額がゼロという意味。103万円を引き上げても年収100万円の人には恩恵がない。
他方、消費税は収入がゼロの人にも50万円の人にも課税義務が生じる。そこで、103万円までの人に給付を行うのが給付付き税額控除制度。これを口実にして消費税増税を行う。これを財務省が狙っている。
石破首相は野田立民と給付付き税額控除導入を確約して自公と立民の大連立を狙う可能性がある。すべては財務省による消費税再増税シナリオに基づくもの。石破首相が生き残る可能性があるのはこのケースに限られる。
この第4のケースが最もたちが悪い。いま必要不可欠な政策は消費税率の5%への引き下げ。同時にインボイス廃止だ。これを完全否定して、あわよくば消費税再増税を実現させる。日本を衰退させたカルトが消費税率15%を目指していることに最大の警戒が必要。この〈悪だくみ〉が〈自公と立民大連立シナリオ〉だ。このリスクを全国民に周知させる必要がある。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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