国交省が推進・支援する中小ビルのバリューアップ改修

改修による不動産価値向上へ

 国土交通省(以下、国交省)では現在、「中小ビルのバリューアップ改修投資の促進に向けたモデル調査事業」を実施している。

 同事業は改修期を迎える多くの老朽不動産の更新を推進するため、改修時期を迎えた中小ビルをモデルとして、社会課題に対応したバリューアップ改修の在り方や改修による効果の把握・発信を行うもの。改修時期を迎えた中小ビルについて、中小ビルオーナーと関連事業者が連携し、ESG等の社会課題に対応することによってバリューアップを図ろうとする「A_改修提案」と、すでに改修が行われた「B_既改修事例」の2つに分けて、提案および事例を募集。対象となる中小ビルの要件は、①延べ面積3,000坪未満、②築年数は築20年以上、③改修前の用途が住宅以外の用途であること、の3つ。また、保有する賃貸事務所が4棟以下の中小ビルオーナー、もしくは①~③を満たす中小ビルの所有者のいずれかの事業者による改修であることが求められる。

 同事業においてモデルに採択された提案などについては、国交省が事例集としてその取り組みを広く周知。また、「A_改修提案」で採択されたものについては、提案の実証に向けた調査・検討の費用(上限400万円)の支援も行われる。同モデルに採択されることで、ビルオーナーなどにとっては、調査・検討費の支援を受けられるというメリットのほかに、優良事例の物件として国から周知されることで、当該物件のリーシングやファイナンスなどで有利に働く可能性が考えられる。また、当該物件の改修提案者にとっては、採択物件の事業化につながるほか、優良事例に取り組んだ事業者として、その他のビルオーナーなどに対しての営業上の信用力向上に寄与する効果も期待できる。

第1期はモデル6件を採択

 同事業の第1期では、今年2月25日から6月17日にかけて募集を実施。その結果、10件(A:3件、B:7件)の応募があり、専門家からなる外部委員会(座長:CSRデザイン環境投資顧問(株)・代表取締役社長・堀江隆一氏)による評価結果を踏まえて、モデルとなる取り組み6件(A:2件、B:4件)が採択された。なお、第1期募集では、対象となる中小ビルの用途を、「改修前の用途が賃貸事務所(複合用途含む)であり、改修部分に賃貸事務所の専有部を含むもの」としていた。今回採択された6件については、以下の通り。

A_改修提案

HATCH八丁堀バリューアップ改修提案(広島市)
HATCH八丁堀バリューアップ改修提案(広島市)    老朽化により全テナントが退去している旧耐震基準の小規模ビルにおいて、耐震補強や内外装の更新によるレジリエンスの強化のほか、災害時等の一時避難スペースの確保による地域の防災面の強化などを図る改修の提案。地域の社会課題解決に寄与する意図が感じられるほか、アウトカムに関する指標やその算出根拠が示されている点が評価された。また、社会課題に対応する改修を行うことが、地方都市においても物件の経済価値を向上させることで、投資回収が成立するモデルとなることが期待されている。

(仮称)Color・us銀座東PJ(東京都中央区)
(仮称)Color・us銀座東PJ(東京都中央区)    オフィスエリアにありながら空室率が大きく、市場競争力が低下したオフィスビルにおいて、共用部の充実やセットアップオフィスの整備など、ウェルビーイングや人材活躍・生産性向上といった社会課題に対応する近年のニーズを踏まえた改修を提案。ウェルビーイングなどに関する社会的インパクトの創出と付加価値創出による賃料上昇の両立を狙う点が、評価された。また、改修後に社会的インパクトのモニタリングと併せて、想定した賃料が実現可能かの実証が期待される。

B_既改修事例

U square 高田馬場(東京都新宿区)
U square 高田馬場(東京都新宿区)    企業の移転・退去にともない取得した当該企業の自社ビルを、学生やベンチャー企業の多いエリア特性を踏まえて、コワーキングスペースや少人数用個室オフィスなど、地域に根付くフレキシブルオフィスとして改修するほか、グリーンビル認証(LEED O+M Gold)を取得。エリア特性を踏まえて地域に開かれたオフィスとして、地域活性化やコミュニティの形成に寄与しようとする点や、グリーンビル認証取得で環境性能等の高さを示している点が評価された。

R2プロジェクト(東京都中央区)
R2プロジェクト(東京都中央区)    老朽化した旧耐震基準の2つの小規模ビル(ウィンド小伝馬町ビル/リブラ東日本橋ビル)において、耐震改修や空調等の改修を行うとともにセットアップオフィスを整備し、スタートアップ企業や小規模事業者の事業拠点確保を支援。また、「ビルを百年使う」をコンセプトに、スクラップ&ビルドからストック活用へと転換するなど、さまざまな社会課題に対応した取り組み。都内でも必ずしも一等地ではないエリアにおける、築古および小規模ビルのバリューアップであり、汎用性が高い点などが評価された。

COERU渋谷イースト(東京都渋谷区)
COERU渋谷イースト(東京都渋谷区)    老朽化した旧耐震基準の小規模ビルを、既存躯体を生かした再生建築手法により、スタートアップ企業向けのセットアップオフィスに改修。地域性を踏まえた取り組みで社会的インパクトが企図されており、立地の優位性はあるものの、地域性を踏まえた改修内容とそれに即したリーシング戦略によって、築50年超の物件ながら高水準の賃料を実現している点が評価された。

神田錦町オフィスビル再生計画(東京都千代田区)
神田錦町オフィスビル再生計画(東京都千代田区)    斜線制限および容積率の違反状態にあった老朽化した旧耐震基準の小規模ビルで、遵法性や採光・通風確保のための減築と耐震補強などを実施。また、防災性能・オフィス環境を向上させるほか、地域に開かれた空間を創出した。建築的課題を踏まえて専門家と共同することで、経済的価値の減少が懸念される減築によって建物の再生を図り、結果として経済的価値の向上をはたしている点がとくに評価された。

 評価を行った外部委員会からは、第1期の全体総評として「社会的インパクトは継続的にモニタリングを行い、当該インパクトをステークホルダーに開示して不動産価値向上につなげていくことが重要」「定量的な指標の検討や継続的なモニタリング・開示の実施は、今後の取り組みが期待される」「築古ビルが持続可能な社会的インパクトを創出して不動産価値を向上させるためには、既存不適格への対応を検討することが重要」「今後、国土交通省において今回の採択取り組みを詳細に調査することにより、モデルとして一定の情報の整理・蓄積を」といった意見があった。また、第2期募集では、「物件および地域における社会課題の設定やその解決に向けた改修内容に関して、また、ビルの一部の改修であっても将来的な計画も含めて段階的にビル全体でのインパクト創出を意図する取り組みなど、より多様な取り組みの応募を期待したい」としている。

 なお、国交省では現在、同事業における第2期の提案および事例の募集を実施。募集期間は、7月29日から10月31日まで。

【坂田憲治】

月刊まちづくりに記事を書きませんか?

福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。

記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。

記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)

ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)

関連記事