福岡大学名誉教授 大嶋仁
在来種と外来種
「在来種」とか「外来種」とか、動物や植物について用いられる言葉だが、一体何をもって「在来」と言い、何をもって「外来」と呼ぶのか。
多くの日本人は「梅」も「桜」も日本古来の樹木と思っている。ところが、桜のほうは太古から日本列島に生息していたのに、梅のほうは遣唐使によって中国からもたらされた「外来種」である。
とはいえ、その梅も、日本列島に入って1500年近く経過しているので、もはや「外来種」とは見なされない。「外来種」とは、比較的最近になって海外からもたらされた種のことをいうのである。では、「比較的最近」とは、いつごろを指すのか? どうやら、明治以降を指すようだ。
さて、外来種と在来種の区別にこだわる学会がある。日本生態学会と呼ばれ、「日本の侵略的外来種ワースト100」を選定したことで知られている。この「侵略的外来種」という言い方が気になる。
生物一般について「侵略」という言葉は妥当なのか?「生態学」といいながら、ある種のイデオロギーが反映されているように思える。
先に赤尾敏の愛国主義について触れたとき、彼が天皇制を日本の「在来種」とし、社会主義を「外来種」と認知していたのではないかと述べた。赤尾にすれば、社会主義は天皇制を抹殺しかねない「侵略的外来種」だったのだろう。
もちろん、「天皇制が在来種である」は「神話」であって、「歴史」ではない。そもそも「天皇」という言葉自体が中国産であって、日本産ではない。この言葉が日本の君主の意味で用いられ始めたのは、7世紀に大和国家を創出した天武朝においてだといわれる。それまでは「オオキミ」とか「スメラミコト」と呼ばれていたのだ。
これらの大和言葉が「天皇」という漢語に置き換えられたのはなぜか? 天武朝になって「大和」という国家の骨格ができ、「日本」という国が生まれたから、というのがその答えである。すなわち、「天皇」という外来語を新国家の君主に冠することで、唐という巨大な国家を模した国家を世界に向けて発信したのである。
一方、近代の天皇制だが、明治政府は「王政復古」を標榜した。「王政」とは「天皇による政治」という意味であり、天武の時代に戻ることを意味したのである。天武は「外来種」の「天皇」を自らに冠して「日本」を創出した。明治政府はこれを模して、「欧化」という外来種摂取政策によって新国家建設に取り組んだのである。
当時は欧米の先進国がいずれもナショナリズムを掲げていた。日本もこれに倣い、天皇を国家の君主とすることで、その意を表明したのである。本来は外来種であった「天皇」がこうして「生粋の在来種」として世界に示され、同時に国民にも周知されるようになった。
この政策が国民精神の統一に役立ったことはいうまでもない。現在も天皇家への国民の敬愛が大きいのは、天皇こそは「純日本」というイメージが浸透しているからだ。外来種を在来種とみなすことには無理があるといっても、それは理屈である。梅の木と同じで、もとは外来種であっても、1500年という長い年月を経れば「在来種」とみなして差し支えないのだ。
さて、「外来種」と「在来種」をここで問題にしてきた理由は、これが単なる区別ではなく、「差別」となるからだ。先の日本生態学会の「ワースト100」にしても、「外来種」を「悪いもの=侵略者」と見る差別が根底にあり、この学会は「生態学」という科学の名の下に非科学的偏見を推進しているのである。
「非科学的」というのは、見方が一方的で客観性をもっていないからである。明治時代には欧米人が「異人」と呼ばれ、後に「外国人」と呼ばれるようになったのも、日本側の一方的な見解が当たり前とされてきたからなのだ。
つまり、そこには「他者」認識がない。そういうわけで、欧米人は「侵略者」にほかならず、同じ外来種でも危険度の高いものと見なされ、その見方が排外主義を助長したのである。
明治政府は欧米の帝国主義を模して、近隣諸国の「侵略」に踏み切った。しかし、本当の侵略者である欧米を打ち負かさねば、心は治らなかった。その心がついに昭和の「大東亜」戦争となり、「鬼畜米英」のスローガンのもとに太平洋戦争に踏み切ったのだ。
では、その戦争に敗れたのちはどうなったのか?
戦後しばらくの間、占領軍の兵士たちは「外国人」と呼ばれ続けた。プロ野球の世界でも、アメリカから出稼ぎにきた選手は「外国人選手」と呼ばれ、その成績が悪かったりすると、「害人」などと表記されもした。「外来種=悪」の公式は根強い。おそらく今も、潜在的に生き続けている。
その一例が、在日朝鮮あるいは韓国人への嫌悪である。2016年に制定された「ヘイトスピーチ解消法」はその状況を改善するためのものであるが、「スピーチ」は規制されても、「ヘイト」(=憎悪)は残る。日本列島には日本という国ができる前から朝鮮半島出身者がいたのに、その事実は消去されている。
(つづく)








