国際政治学者 和田大樹
日本企業の対米投資、拡大の現状
トランプ関税の嵐が諸外国に混乱や動揺を与えているが、日本は5年連続で世界最大の対米投資国であり、その額は年間約8,000億ドルを誇る。9月に退陣を発表した石破首相は今年2月、トランプ大統領との会談で、この投資を1兆ドルに拡大する方針を打ち出し、ソフトバンクの孫正義氏は昨年末、米国に対する1,000億ドルの投資と10万人の雇用創出を表明し、同席していたトランプ氏を喜ばせた。6月には日本製鉄によるUSスチールの買収も完了するなど、今後も日本企業による対米投資額は増えることが予想される。一方、今日の不確実性が高まる世界においては、我々は対米投資を地政学的な観点から考える必要があろう。地政学的に捉えた場合、その意義とリスクを見いだすことができる。
トランプ政権下で求められる
日本外交のテクニック
日本企業による対米投資は、経済的利益のみならず、地政学的戦略の観点からも重要な意味をもち、日米関係、もっといえば安定的な日米同盟を維持、強化していくために必要な手段の1つである。米国は日本にとって唯一の同盟国であり、中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイルといった地政学的緊張が高まるなか、日本はこれまでになく米国との良好な関係を維持し、米国をアジアに関与させ続ける必要性に迫られている。
とくに、予測不可能ともいわれるトランプ大統領がアメリカファーストを前面に押し出す今日、いかにしてトランプ政権との間に亀裂を生じさせないかが戦略的に重要となる。要は、日本外交にテクニックが求められるということだが、日本による巨額の対米投資は米国の経済や雇用に大きく貢献するものであり、トランプ大統領が掲げるMAGA(Make America Great Again)にもフィットする。
米国にとっても、世界最大の対米投資国が経済的に勢いを失うことは避けたい。また、世界最大の対米投資国を取り巻く安全保障環境が脅かされるのであれば、それに対して積極的に対処しなければならないという意識をもつだろう。日本による対米投資の地政学的意義は、まさにここにある。対米投資は日本企業にとって純粋な経済的利益になるだけでなく、日米同盟の強化、日本の安全保障という観点からも重要な手段である。
中国の対日姿勢硬化と報復リスク
しかし、地政学的観点から捉えた場合、いくつかのリスクも考えられる。まず、トランプ政権の不透明性が挙げられる。トランプ政権が予測不可能な政策変更や関税・規制の強化を突きつける可能性は常にあり、今後も日本の防衛費増額や貿易不均衡への不満が高まれば、日本に対して新たなコスト負担や政治的圧力を加えてくるリスクは十分にある。
また、あらゆる領域で米中対立が激しくなるなか、中国の対日姿勢の硬化も懸念される。たとえば、半導体やAIなど先端テクノロジーは最も対立がヒートアップしている分野だが、日本がこの分野で対米投資を強化し、米国との協力を加速させれば、中国の対日不満が膨らみ、経済的報復など対抗措置を講じるリスクは高まろう。日本にとって中国は最大の貿易相手国の1つであり、経済的結びつきが深いだけに、このリスクは無視できない。
さらに、米国の保護主義と世界の多極化によって、日本のイメージが後退するリスクもともなう。トランプ政権の保護主義により、グローバルサウス諸国の間では不信感や疑念が広がっており、中国はそれを機に自らが自由貿易体制の守護神であるという立場をアピールしている。米国が保護主義、孤立主義的姿勢を鮮明にするなか、日本が積極的な対米投資を継続することは、日本の経済や安全保障にとって大きなプラスだが、多極化が進む世界においては、日本は米国側と見なされ、グローバルサウス諸国との関係が後退していく可能性もあろう。
対米投資をどうするか、これは経営者にとっても決断が簡単ではないだろう。しかし、対米投資の意義やリスクを地政学的な観点から認識する重要性はこれまでになく増しており、対米投資を米国だけでなく、中国やグローバルサウスなど多角的観点から注視していく必要があろう。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap