【新社長インタビュー】80周年の節目に事業承継で体制を強化し激変する物流業界のなかで未来を拓く
松浦通運(株)
代表取締役 馬渡恒太朗 氏
松浦通運(株)は昨年創業80周年を迎え、節目に事業承継を行った。5月に新社長に就任した馬渡恒太朗氏は、3PL業務を皮切りに多彩な現場経験を通じて物流全体を体得し、荷主との運賃交渉を担ってきた。運送事業を基盤に通関、港湾、ロジなど多角的に事業を展開する同社は、次なる100周年をどのように見据えるのか。業界全体が大きく変わりつつあるなかで、荷主とのあるべき関係や、人材戦略の取り組み、これからのヴィジョンについて馬渡氏に話を聞いた。
80周年での事業承継
物流業界の時代の節目に
──5月に松浦通運(株)の新社長に就任されました。まず今までの経歴について聞かせてください。
馬渡恒太朗氏(以下、馬渡氏) 大学卒業後、すぐに物流業界に進み、関東で大手物流企業に勤務しました。そこでは主に3PL(サードパーティー・ロジスティクス)の業務を担当し、そのほかにも多様な物流ソリューションや通関業務に従事しました。この経験は、輸入通関からロジスティクスまでの物流の全体像を把握し知識を深めるうえで大変貴重なものになりました。
それから2015年に当社に入社し、さまざまな部署で経験を積みました。会長(前社長)からは「業務上で必要な免許をすべて取得するように」というミッションを与えられ、大型車、ユンボ、クレーン、船のクレーン操縦、運行管理者、フォークリフトなど、10種類ほどの資格を取得して、それぞれの現場で業務に従事しました。とくに長く経験したのは運輸部門と港湾部門です。21年に取締役に就任してからは、事故を起こすことは許されないということで取得を諦めた免許もありましたが、一連の経験を通じて当社の事業全体を深く理解し、現場の課題を肌で感じることができました。
──昨年、御社は80周年を迎えられました。このタイミングでの事業承継についてどのように捉えていますか。
馬渡 今回の事業承継は、私にとってとても幸福な承継であったと感じています。突然の出来事ではなく、会長が以前から「70歳手前で代わりたい」と常々話しており、その計画通りに実現しました。会長は当社の代表権はもちませんが、グループ全体を統括する松浦物流HD(株)の代表社長を引き続き務めます。他方、全日本トラック協会の副会長も務めており、多忙を極めています。新しい体制でスタートを切るにあたって株式の整理もきちんと行われており、何の心配もなく引き継ぐことができたのは、非常に恵まれた状況だと感謝しています。
当社は昨年80周年を迎えましたが、この節目に社長交代を行うことは、次の100年企業を目指すうえで良い区切りだと考えています。社員には今年2月ごろにグループ会社も含めて交代の発表を行い、5月の株主総会で正式に移行しました。物流業界が大きな変化を迎えつつありますが、時代の変化に対応するためにも、新しい体制で乗り出していくのはちょうどよいタイミングだと思います。
総合物流サービスを提供
AEO認定で機能強化
──事業内容は多岐にわたりますが、成り立ちから説明ください。
馬渡 当社の設立は戦時中の1944年にさかのぼります。唐津合同運送(株)、相知通運(株)、小城通運(株)という3つの会社が統合し、現在の松浦通運(株)が誕生しました。当時の物流政策を背景に、鉄道駅を拠点とした輸送を担う会社として設立されました。
当社は運輸事業を基盤に成立しながら、その後、多角的に事業を展開してきました。具体的には、港湾物流、輸出入の通関業務、建設物流も手がけています。建設物流では、クローラークレーンのリースとオペレーション、さらには重量物の輸送も行っています。クレーンを現場まで分解して運搬することも我々の業務の1つです。倉庫業やコンテナ輸送、化粧品などを扱う3PLも物流サービスの一環として行っています。その他、不動産事業と、保険代理店業では車両保険から生命保険、海外旅行保険まで幅広い商品を取り扱っています。子会社を含め、九州だけでなく関東にも営業拠点があります。
当社の強みは、これらの多岐にわたる事業で培ったノウハウを、トータルな物流サービスとして顧客に提供できることにあります。たとえば、今ちょうど岸壁でバイオマス燃料の荷下ろしを行っていますが、輸入通関から荷下ろしそして発電所への輸送までを一気通貫して当社で行っています。
──昨年AEO制度の認定通関業者になりました。
馬渡 通関手続きは通常、貨物が到着した港の最寄り税関に対して行うものですが、当社はAEO認定を受けているため、全国どこの港に到着した貨物であっても、当社がいつも利用している唐津税関に対して通関申告を行うことができます。
たとえば、化粧品について当社は長年、さまざまな種類の商品を唐津税関に対して輸入申告を行い、多くの実績を有しています。そのため全国どこの港に到着した化粧品でも、AEO制度を利用して唐津税関に申告してスムーズに通関することが可能です。そのスムーズな通関と多様な輸送手段を連携することで、顧客に対して迅速かつ柔軟な物流サービスを提供することができます。
荷主と運送業者の適正な取引関係へ
──物流業界にかかわるさまざまな関係法令が改正されました。そのなかで、荷主と運送事業者との関係が大きな焦点になっています。
馬渡 この業界では従来、力関係において圧倒的に荷主が強く、運送業者からの運賃交渉が容易ではない取引関係が形成されていました。私は荷主との交渉を以前から担当してきましたが、荷主のなかには「他社は何も言ってこないのに」といって聞いてもらえないところも多かったのです。かつては「一度値上げ交渉したら3年間は待つ」という不文律のある荷主すらいました。運送事業者はそれに対して唯々諾々と従わざるを得ない状況が長く続いていました。
しかし、近年は燃料費、人件費、車両価格が異常に高騰し、コスト高に耐え切れない運送事業者の廃業や撤退が相次ぎ、業界全体でも、従来の運賃体系ではこれ以上事業を継続することが困難という状況にまで陥っています。荷主側も安価な運送会社が見つからないという現実に直面して、かつてのように運賃を抑えてばかりでは、運送会社に依頼できないことを理解し始めており、業界全体の力関係が大きく変化していると感じます。
また、今年5月に下請法が改正され、荷主から元請事業者への物品運送の委託が新たに規制対象として追加されました。近年は公正取引委員会が、下請法関係の指導を強化しています。このように法的な後押しも受けて、荷主と運送事業者の適正な取引関係構築に向けた動きが加速しています。
変化を促すもう1つの力
国際サプライチェーン
──半導体の輸送なども請け負われていますね。
馬渡 当社の顧客のなかには、先端産業の世界的サプライチェーンの一角を占める企業があり、その商品の輸送を行っています。請け負うにあたっては、世界基準での大変厳しい品質管理を要求されます。それは商品の最終的な販売者がサプライチェーン全体に対して厳しい基準を求めるためです。それに対応するために当社も、日本基準だけでなくアメリカやヨーロッパといった国際的な基準にも自社の品質が適合しているか調べ、準備しておく必要があります。その他、車両確保などを要求されることもあります。それから、日本では当たり前ですが、児童労働が行われていないかなどについてまで確認が入ります。
大変高い品質が要求されますが、その一方でこれらの企業は必要な費用をきちんと支払います。従来、日本の運送業界では荷主と運送事業者の力関係の差を背景に、「お金を払わないのにサービスを求める」といったことが慣習的に行われてきましたが、このような海外基準での新しい取引関係の広がりは、古い慣習を打破する後押しになります。
私たち運送事業者は、荷主との関係が一方的な力関係ではなく、対等なパートナーシップへと変化することを望んでいます。荷主と運送事業者が協力し合ってこそ、現在の物流を取り巻く困難な状況も解決可能になると考えているのです。
地域№1の人材戦略で
働きやすい物流現場へ
──深刻化する人手不足の課題について、どのような取り組みを行っていますか。
馬渡 当社は地域に根差した企業として地元からの雇用が多くを占めます。そのため賃金水準を地域でトップクラスに引き上げるとともに借上社宅制度などを充実させ、女性や高齢者も含め、多様な人材が活躍できる職場づくりを目指しています。また、奨学金返済補助も開始しました。さらに当社で長く勤務するだけでなくキャリアアップも図りやすい環境を整えるために、免許取得支援に加え、メンター制度を導入しOJTの充実にも力を入れています。その結果、新卒の定着率を約7割に向上させました。最近では、地元からの採用ばかりでなく、ネット経由で全国から「物流が面白い」と感じた若者が応募してくるようになり、採用の地域的な垣根が低くなっています。
また、外国人材については、現在、ドライバーとしてはまだいませんが、事務員として3名が在籍しており、「技術・人文知識・国際業務」ビザで長期雇用を目指しています。当社では外国人材が日本で安心して長く働けるように、借上社宅や洗濯機・冷蔵庫などの生活必需品の準備など、安定して生活することができるような基盤を提供しています。実際に、彼らのなかには日本に家族を呼び寄せたり、子育てをしている人もいます。私たちは海外から来る方々にとっても魅力的な選択肢となるよう努めています。
──DXや自動化についてはいかがですか。
馬渡 人手不足への対応として、DXや自動化の推進も不可欠な要素です。自動運転技術はまだ発展途上ですが、物流業界全体としては、長距離輸送におけるスワップ輸送や、フェリーなどの代替手段の活用を通じて、ドライバーの労働時間を短縮することを目指しています。
ただし、私たちは地域でラストワンマイルなどを担う立場として、DXや自動化を全般的に導入するわけにはいかず、DX導入の主眼はあくまで業務効率化と社員の労働環境改善にあると考えています。3PLも、常時大量の物量を動かす環境では自動化の可能性も高いですが、そうでない場合はDX投資に見合う効果が得られにくいこともあります。DXや自動化を現場へ導入しても、完全に人間がいなくなるわけではないため、やはり先述の人材戦略における働きやすさを実現する方法の一環として考えています。
グループシナジーの向上で
売上高100億円を目指す
──ホールディングス体制の目的と、将来的な目標についてお聞かせください。
馬渡 ホールディングス体制を構築した最大の目的は、グループ会社全体で「品質と安全基準を統一し、向上させること」にあります。M&Aでグループに加わった会社は、当社と異なるクライアントを多く有しています。多様なクライアントの多様なニーズに対して、グループ全体のリソースを活用して応える体制を整えることが、顧客サービスの幅を広げ顧客満足度の向上につながると考えています。また、深刻化する人手不足への対応においても、グループ全体で人材を柔軟に融通することで、当社が集中すべき主要クライアントの業務にグループから応援を出すといった連携も可能になります。その他には通常では難しい品質基準や安全レベルの徹底も、グループ会社であれば合わせることができるでしょう。
グループ全体でのシナジー効果を高めた先に、長期的な業績目標として、100周年を迎える20年後までに、グループ全体で売上高100億円を達成することを目指しています。現在の約60億円から、年間2億円ずつ着実に成長させていく計画です。
──今後のM&Aの展望についてはどうですか。
馬渡 純資産が優良な会社はすでに多くが売却されてしまっているのが現状です。よってM&Aについても、やはり今後は人材確保の視点が重要になってくると認識しています。私たちの仕事が拡大し、より多くの人材や車両が必要になったときに、M&Aを検討するタイミングになるかもしれません。
また、今後は福岡などで「こういうことができる会社が欲しい」といった具体的なニーズに基づいて、M&Aの機会を探していく可能性もあります。とくに、物流新法による許可更新制度が実施される8年後ごろには、事業継続について検討する会社が出てくることが予想され、そのときM&Aのチャンスがあるかもしれません。
【寺村朋輝】
<COMPANY INFORMATION>
代 表:馬渡恒太朗
所在地:佐賀県唐津市中瀬通10-37
登記上:佐賀県唐津市紺屋町1691-6
設 立:1944年2月
資本金:5,000万円
売上高:(25/3)40億2,401万円
<PROFILE>
馬渡恒太朗(まわたり・こうたろう)
1988年生まれ。成蹊大学卒業後、2012年に関東の物流企業入社。14年松浦通運(株)入社、21年取締役就任。24年グループ会社の(株)五大運輸、(有)篠栗運輸の代表取締役を兼務。25年に前2社の代表取締役を退任し、松浦通運の代表取締役に就任。