知られざるフランスの国家破綻的危機 日本にとっても他人事ではない(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏

 日本では石破首相が辞任を表明し、自民党内は「コップのなかの嵐」状態です。新たな総裁に名乗りを上げている人物は5人ですが、いずれも前回の総裁選を戦った顔ぶれで、新鮮味は感じられません。自民党内では激しい票の獲得争いが始まっていますが、大半の国民にとっては「自民党の悪あがき」としか映っていません。「解党的出直し」とはいうものの、誰もまともな政策論争をリードしようとせず、“自滅党”の実態が明らかになるばかりです。

欧米で深刻化する政治危機
フランスの特異性

 欧米諸国でも政治的危機が深刻化しています。トランプ大統領のお気に入りの保守系ユーチューバーが暗殺され、国内の分断が加速するばかりです。イギリスでもドイツでも景気の減速が政治に暗雲を投げかけています。とはいえ、最悪なのはフランスです。

 何しろマクロン大統領の支持率は20%を切り、何と最新の世論調査では15%という危険水域に突入しています。日本では24歳年上の大統領夫人にまつわるウワサ話がしばしば報道されてきましたが、フランスが直面している財政破綻問題はタブー視されたままです。日本でも同様の問題が封印されています。

 深刻化する問題から関心を逸らすかのように、「生まれたときは男性だったが、後に性転換した」とされる、ファーストレディに関するウワサを広めているインフルエンサーの発言が話題を集めてきました。このウワサをめぐっては訴訟問題が起きているため、多くのメディアはそうした「下ネタ」に大きな関心を寄せてきたわけです。

 マクロン大統領の妻ブリジット氏(72)がトランスジェンダー女性だとの虚偽の情報をインターネットで拡散させたとして、女2人が名誉毀損(きそん)の罪に問われた裁判の控訴審で、フランスの裁判所は一審の有罪判決を覆し、無罪を言い渡しました。

 ブリジット氏の性別に関する偽情報は長年にわたり、ソーシャルメディア上で拡散されてきました。この主張は国外でも拡散され、最近では米国の陰謀論者の間でも話題になっていたものです。しかし、今回の裁判所の無罪判決は、マクロン夫人の性転換を事実と認定したと言っても過言ではありません。

危機が頂点に達する
フランスの財政・政治

 しかし、そうした下ネタとは比較にならないほど、フランス政界の汚職スキャンダルはすさまじく、国家財政の崩壊は避けられないとの観測が専らとなっています。日本でも政治不信を招いた元凶とされる「政治とカネ」の問題と比べても、はるかに深刻な事態に直面しているのがフランスに他なりません。

 実は、NATOの一員として、フランスはウクライナへの軍事支援や財政援助を余儀なくされているため、現在、財政赤字は438億ユーロを突破。マクロン大統領は「ロシアの軍事的脅威に対抗せねばならない」と訴え、軍事予算を増強していますが、国民の生活は苦しさを増すばかりとなっています。

 その一方で、マクロン大統領が公約した年金制度改革は一向に進まず、公共投資の削減が進み、社会不安が悪化し続けているため、フランス各地では「マクロン辞めろ!」のデモが急速に拡大しているのです。

 フランスのバイル首相も議会での不信任投票で辞任を余儀なくされました。しかし、国民の怒りと不信は収まりません。この2年間で4人もの首相が辞任に追い込まれています。議会は過激派が支配し、安定過半数政党が存在せず、予算案可決も思うに任せない状態です。何やら日本の近未来を予感させるではありませんか。

ルコルニュ新首相下でも深まる
マクロン政権の危機

 フランスでは5人目の首相としてマクロン大統領に最も親しいとされる盟友のルコルニュ氏が選ばれましたが、局面の打開は難しいと思われます。社会不安も加速するばかりで、財政赤字はGDPの6%に達し、経済危機を懸念する市場の反応を受け、フランスの通貨は価値が下落する一方です。まさに、マクロン時代の最終幕といえるでしょう。

 このような行き詰まりに対しては、通常、新たな議会選挙の実施が選択肢となるはずですが、マクロン氏の人気は急落しており、宿敵マリーヌ・ルペン氏の国民連合(RN)が、最も人気があることを確認するだけになる可能性が高いため、選挙に訴えることができません。最近の世論調査では、RNが支持率33%とトップで、マクロン氏の与党の2倍以上となっています。

 マクロン政権の最大の成果である富裕層への増税と年金改革について、中道左派は撤回を公式に求め、中道右派もすでに反発している有り様です。国民や信用格付け機関からの圧力が高まれば、事態はさらに深刻化するに違いありません。ルコルニュ新首相は10月13日までに来年度の予算案を議会に提出せねばなりません。野党から大幅な譲歩を得なければならず、厳しい交渉が見込まれます。

 さらには、2027年の大統領選が迫るなか、後継者はまだ見えていません。議会政治の混乱とは別に、投資を阻む債務の山と、ベビーブーム世代で限界に達した年金制度という沈黙の重荷は増え続けています。10年前、政界の新参者だったマクロン氏は、「中国や米国への依存は行き止まりに達し、改革が不可欠だ」と訴え、労を惜しまない野心的な世代として、説得力のあるビジョンを示してみせたものです。当時同氏が繰り返した合い言葉は「安定」でした。今や、その時代は完全に終わったと言わざるを得ません。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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