歩けなくなると人生終了?

大さんのシニアリポート第151回

 主催する「サロン幸福亭」(旧・ぐるり)で行われている「マッスル倶楽部」が盛況なのである。基本はダンベルを使った体操なのだが、それに「誤嚥予防体操」「猫背矯正体操」「骨粗鬆症改善体操」「インナーマッスル体操」などを加えた2時間余りの体操で、正直楽しいより苦痛をともなう中身だ。なのに参加者が増え続け会場は満杯の状態。理由は「効いているのが実感できるから」だそうだ。市公認のトレーナーが直接指導するという形式も影響していると思う。

肉体的に苦痛をともなう体操でも、
効果が表れれば続ける意欲が増す

大さんのシニアリポート イメージ    平均年齢は80歳に近い。それも圧倒的に女性が多い。男性の高齢者は参加してもすぐに来なくなる。つまらないのと肉体的な苦痛をともなうからだ。男は痛いのと辛いことからはすぐに逃げる。やがて日常という視界から消える。つまり施設入所か身まかることになる。生きるということはさまざまなシチュエーションがある。生き方は当然本人が決めるものだ。そこには決められたマニュアルがあるわけではない。私は残された人生の有効活用を願う1人でもある。やること、見てみたいものがあるからしばらくは健康でいたい。その希望を叶えるにはマッスルを鍛えなくてはならないと思っている。

 某洋酒会社のサプリメントを飲めば転びにくくなると摂取を自慢する高齢者がいるが、とんでもない。健康には食事と適度な運動を欠かさないことは不可欠である。かつて「ぐるり」の常連に80代のサプリメント信奉者がいた。サプリは山ほど飲むが、食が極端に細い。でも、それを補うのがサプリだと信じて疑わない彼女は私の忠告を無視した。購入金額は食費の数倍にもなると想像できる。食事をとらずサプリだけを飲み続けることは身体にいいとは思えない。しばらくして彼女は歩行困難となり、施設に入所したと聞く。

 ウォーキングを日常的に続けることも健康増進には欠かせない。最新の情報では、一日7,500歩が死亡率を激減させる分岐点だそうだ。それ以上でも以下でも数値は下がるという。私の場合、冬は8,000歩、夏は6,000歩が目安。速足と歩幅を変えて歩く。筋肉量は経年劣化をともないながらもそれなりに維持されていると思う。

老化を早めるテロメア短縮阻止に
効果的なダンベル体操

大さんのシニアリポート イメージ    マッスル倶楽部の基本はダンベルを使った体操である。古い雑誌(雑誌名、発行年月日も不明)に鈴木正成氏(当時筑波大学体育科学系教授・故人)が唱えた「ダンベルダイエットですっきりボディーが手に入る」が全国的に反響を呼んだ。ダンベルを使った体操の効果を、「エネルギーをもっとも燃焼させる筋肉を鍛えて、基礎代謝を高めるからです。車にたとえればエンジンが大きくなったと同じで、ガソリン(=脂肪)を多く必要とする状態。体をこういう体質に改善できると、食べても太りにくくなるし、睡眠中も筋肉が体脂肪を燃焼してくれるようになります」という。高齢者のダイエットも一部の人には必要だろうが、私はこれが体質改善(長生きの秘訣)につながると考え、市が主催した「元気百歳体操」(重りを使った筋肉体操)にこのダンベル体操を組み合わせた。あれから9年、81歳になる今でも歩行に支障をきたすことはなく、少しの距離なら走ることができる。ダンベル体操のおかげだと思っている。

 英国の大学であるキングス・カレッジ・ロンドンの研究によると、「運動を普段ほとんどしない人は、している人に比べて、細胞の老化が10年ほど早く進む」(朝日新聞 08年2月8日夕刊)と報告した。白血球の染色体にあるテロメアという塩基対の構造には、細胞が分裂するごとに短くなる。ほとんどなくなると細胞の異常につながることから、老化を示す指標の1つとされている。年齢による違いを考慮して、運動習慣との関連を調べると、運動を週3時間余りする人たちに比べて、16分程度しかしない人たちのテロメアの短さが際立ったという。テロメアは喫煙者や肥満の人も短く、体内の活性酸素によって細胞膜や遺伝子が傷つけられる酸化ストレスとの関係も推測されるとしている。ダンベル体操はまさにテロメア短縮を遅延させるには抜群の効果を発揮していると思う。

自分流の歩行スタイルに、
ときどき正論をアップロード

大さんのシニアリポート イメージ    日ごろから心拍数のことを頭のなかに入れておくことも健康維持には欠かせない。「一日のうちにほどよく心拍数が変化する生活は、刺激がない生活よりも長生きに影響するらしいことが医学的にも分かっています」(朝日新聞 08年9月28日)といい、ほどよいドキドキの積み重ね、つまり心拍数を認識する重要性を述べている。拍動のリズムは自律神経の影響を受けながら、心臓が自律的に刻んでいる。健康な成人は平均で毎分50~100。拍動の限界値(最大心拍数)は、「220マイナス年齢」とされている。ほどよいドキドキの目安は、60代で1分間に110。70代では105だそうだ。

 世界的ウォーキングトレーナー、デューク更家氏に教えを受けた人に聞いた話だが、「歩行の基本は前に足を出すのではなく、頭の上に向かって歩くイメージ。それを意識しながら前に5㎝ほど足を延ばした歩行」だと教えられた。だから更家氏の歩行は上に向かっているような感じを受ける。もっとも180㎝を優に超す体格での歩行が美しくないはずはないけど。

 ただ漫然と歩行するのではない。「出かける前に鏡の前に立ち、姿勢の確認をする」とアドバイスをくれる人もいる。家のなかで数歩歩き、そのままの姿勢を鏡に映し出すという方法はいかがなものだろう。一発で自分の姿勢を確認できる。うつむき加減で歩いていないか。逆に胸を反らしすぎの姿勢での歩行にも問題がある。

 私の場合は、ウォーキングに出た瞬間から「他人の目」を意識して歩くことに気を付けている。家のなかでは猫背でも、せめて外では背筋を伸ばして歩くのだ。毎日歩いていると同じ人に出会う。同行の士なのだが、話を交わすことはない。それぞれクセ(特徴)があり、参考になることが多い。なかには500グラム程度のダンベルを両手にもちながら歩く人、左右の腕を大きく振りながら(多分教則本に従ったのだろう)まるで「ウォーキングの見本」のような姿勢で歩く人を見かけるが、長続きしたためしがない。いきなり「見本どおりのデビュー」には無理がある。

 「2本のポールを交互に突いて歩く『ノルディックウォーキング』が、体力を強化するトレーニングとしてではなく、お年寄りの介護予防にも効果がある」(朝日新聞 11年8月20日)を紹介している。ストラップを手にはめた状態でグリップは握らず、腕を振り子のように振りながら歩き出す。腕を後ろに振ると、ポールの先が地面に引っかかる部分を感じる。その感覚を体で覚えたうえで、今度はグリップを握って実際に歩いてみる。そのとき「引っかかり」の場所で、ポールを意識的に突いて押すのがポイント。ななめ後ろに突くことで体が起き上がって前に進み、歩幅も広くなるという。運動効果のアップも自由自在。ポールと腕を体の後ろへ一直線に伸ばすように意識すれば上半身をさらに使うことになり、二の腕のシェイプアップやメタボ対策にも効果的だ。正しいフォームで歩くと、全身の9割の筋肉を使うという意味では、マッスル体操とウォーキングを組み合わせた新種の運動ともいえる。

大さんのシニアリポート イメージ    気になる最新刊の広告を見つけた。萬田緑平(緩和ケア萬田診療所院長)氏(2,000人の幸せな最期を支えた「在宅」緩和ケア医)の『棺桶まで歩こう』(幻冬舎新書)の目次を紹介してこの文章を締めたいと思う。

 人の寿命は歩幅と背筋でわかります/ちょこちょことしか歩けない人は余命数カ月/入院すると、歩かないから早く死ぬ/もっと生きたいよね?じゃあ歩きましょう/死ぬ前日までトイレに歩いて行けますよ/大股でゆっくり、理想は速く歩こう/がんが大きくなっても歩けるなら死なない

 歩けなくなると人生終了というのはあながち間違いではなさそうだ。


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

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