雪の脊振山探訪

 2026年が明けた。正月早々、降雪予報にワクワクする。

 1月3日(土)、福岡市早良区南部の椎原バス停から板谷峠を目指した。県道136号線、五ケ山ダムへ続く道だ。山越えの県道はアップダウンのカーブが続く。荒谷集落、板谷集落の生活道路でもある。高度が上がると少しの雪で路面が凍結していた。新雪の道路であれば運転も快適であるが、路面凍結状態の道路では慎重さが必要である。それも所々で気が抜けない。

 脊振山直下の板谷峠(653m)を越えると下りカーブになる。U字の下りカーブに差しかかると1台の軽自動車が止まっていた。雪道で滑り車が180度回転したらしい。

 「方向を変えるから待ってくれ」と大声で叫んできた。筆者の車は2,000ccの4輪駆動なので、無理をしない限り、雪にハンドルをとられることはない。走行には十分なスペースがあった。発進しようとすると、「もう一度待ってくれ」と声をかけてきた。軽自動車は方向転換をし、筆者と同じ方向にハンドルを切り変え、路肩に避けてくれた。

 聞くと4輪駆動らしいが、軽自動車で軽いので雪に負けたのである。板谷の集落から登りカーブが続く自衛隊道路に入り、脊振山駐車場へ向かった。

 しばらく走ると、筆者からすれば登りカーブの手前になるが、1台のスズキ・ジムニーが下り坂に後輪を空に向け、側溝に落ちていた。先頭の1台は路肩に止まっていた。2台連なって雪道走行を楽しんでいたのであろう。筆者の車で登るには十分な幅があった。ジムニーを横目に見て急カーブを曲がった。そういえば、板谷の集落にJAFの車が2台きていた。この車の引き上げのためかと分かった。ここから、さらに10分ほど走ると路面は雪景色になってきた。積雪量は少ないが、路肩に車を停め、雪景色を撮影した。感動するほどの積雪ではなかったが…。

 さらに車を走らせ山頂駐車場についた。すでに駐車場に登ってきた車が数台あった。佐賀県方面からの道路を利用すると、カーブと坂道も緩く比較的楽に山頂駐車場へ来ることができる。早良区方面からは北斜面であり急勾配で路面も凍結が多く、雪の日の走行には慎重を要する。

 寒さ対策でスキーウエアー下にダウンベストを着て、登山靴にチェーンスパイクを装備し脊振山の階段へと向かった。10分程度の登りではあるが、着込んだダウンで息苦しかった。

 山頂はうっすらとした雪景色であった。ダウンベストを脱ぎ、冷気で体を冷やした。風が心地よい。

 持ってきた軽い三脚を立て、カメラのセルフタイマーで記念写真を撮る。何度か撮っている内に強風で三脚が転倒し、カメラが岩に当たった。「しまった」、慌ててカメラを持ち上げる。「ゴメンね」とカメラに謝った。カメラと筆者は一心同体なのだ。幸いカメラに損傷はなかった。

 遠くの山々を眺めたが、視界が悪かった。薄く山が見える程度だった。駐車場へ戻り、一息入れて、佐賀県方面への雪道を下り、脊振神社で初詣をした。神社の石の大鳥居で大きな幟がはためき青空に輝いていた。三々五々、地元の人たちが初詣にきていた。正月らしい光景であった。

脊振神社 佐賀県神埼市脊振町(26年1月3日)
脊振神社 佐賀県神埼市脊振町(26年1月3日)

 おまいりを済ませると、1人の女性が神社の裏手へ向かっていたので、何があるのだろうと後を追った。小さな祠がいくつもあった。そのなかに氷室跡の立札があった。見るとここで脊振の氷を保管していたとあった。ここで天然氷を保管していたとは、昔は相当冷え込んでいたのであろう。

 脊振神社を後にし、福岡県と佐賀県をつなぐ国道263号線に出て、三瀬村の蕎麦屋へ立ち寄った。気温はマイナス1度だったが、国道筋の蕎麦屋は客が多かった。腹を満たし、有料の三瀬峠トンネルを利用して帰途についた。

筆者の雪道走行

 佐賀県の天山スキー場には10年以上も通った(現在スキー場は閉鎖)。大雪の日も山道を走った。

 新雪の雪道走行は快適である。早朝で車が1台も通らない山村の雪道は最高に楽しい。バックミラーを見ると、筆者の走る車から雪煙が上がっていた。雪の状況により路面の状態は変わるので、ブレーキテストは何度もする。

 スバルXV(フルタイム4駆)購入してまもなく、スノータイヤを装備して積雪30㎝の山道(スーパー林道)を走ったことがある。

大雪の板谷峠(653m) 2021年1月10日 愛車スバルXVで福岡市早良区椎原から県道136の雪道を登った(生活道路)
大雪の板谷峠(653m)
2021年1月10日
愛車スバルXVで福岡市早良区椎原から県道136の雪道を登った(生活道路)

 ギアをマニュアルに切り替えて走ると、車のエンジンが唸りを上げる。「がんばれ、がんばれ」と筆者は車に声をかける。30分は走った。これ以上走るとスキー場の集合時間に間に合わないので、佐賀県の古湯温泉に下った。生活道路は除雪済みであった。スキー場に着くと満タンだったガソリンはエンジンをふかしすぎて半分以下になっていた。フェンダーは雪で押され少し凹んでいた(あとで自然に戻ったが)。

今年、2度目の脊振山行

 1月12日(月・祝)ワンゲルの後輩Oを誘って、今度は有料三瀬トンネル経由で脊振山へと向かった。積雪予報の次の日である。祝日であり通勤の車が少ない日を選んだ。

 自宅を午前8時15分に出る。Oとはマンションのすぐ近くで待ち合わせをした。スタッドレスタイヤ装備の雪道走行は年齢もあり、今年限りと決めているので、今年はチャンスがあればできる限り雪道を走りたい。

 佐賀県三瀬村から脊振山方面の道路に入る。緩い登りとなる所に脊振神社がある。ここのトイレを借りた。トイレでの凍結はなく水は流れた。脊振山のトイレは、冬季凍結のため仮設トイレとなるので、神社のトイレを借用したのである。

 雪道の登りにかかると、1台のワゴン車が道路の中央にライトを付け、ハザードランプを点滅させて止まっていた。スタックしたのである(凍結で空転して動けない)。母親と子どもは車から降りていた。

 「どうしたの?」と声をかけると、「スノータイヤは付けているのですが」と母親。安全のため筆者の車を10mバックさせた。スタックした車を母親と子どもが下り坂へ押し、何とか路肩へ移動した。こういう時、筆者は自身の安全のため手伝わないことにしている。JAFを呼びなさいと勧める。手伝って怪我につながる危険があるからだ。

 筆者の車には、雪かき用のブラシとスコップを積んでいる。経験からである。

 筆者は安全を確認し、車を進めた。4輪駆動は雪道に強い。ところどころ雪で凍結している場所もあり、安全運転で対向車に注意しながら車を進めた。山頂駐車場に着くと、すでに登ってきた車が数台停まっていた。

 車に人はいない。歩いて10分の脊振山(1,055m)へ登りに行っているのであろう。
 しばらくすると、家族連れが下りてきた。

 筆者はキャンプ場へ下る坂道の雪をたしかめた。何とか、滑れそうだ。スキー板を車から下ろし、スキーブーツを履き、ヘルメットとゴーグルを装備し、スキーの準備をした。Oは車で待機していた。

 キャンプ場への50mほどの坂道をスキーで下った。雪の量も少なく、凍結しているので楽しくはなかった。滑ってはスキーの板を外し、坂を上る。スキーのインストラクターで何度もやっているので、板を外して坂を登るのは苦にはならない。ただ、3度滑った。

 スキーを終え、登山靴に履き替え、チェーンスパイクを装備し、Oと気象レーダーへ向かった。気温が低く頭が寒い、車に戻ってスキーヘルメットを被った。暖かい。

 気象レーダーまではアスファルト道で、両側は樹木の森となっている。この日は雪道であった。雪道を1人で歩くOの光景をカメラに収めた。静かなシーンであった。

雪道を歩く後輩O (26年1月12日)
雪道を歩く後輩O (26年1月12日)

 標高950mの気象レーダー近くに来ると、雪の量は10㎝となっていた。その雪道に小動物の足跡があった。野ウサギである。緩い坂道であるが、足跡はまるで雪を楽しんでいるかのように蛇行しており、気象レーダー近くまで100mは続いていた。

青空のなかに聳え立つ福岡管区気象台のレーダー。野ウサギの足跡が点々と付いていた
青空のなかに聳え立つ福岡管区気象台のレーダー。
野ウサギの足跡が点々と付いていた

 気象レーダーの展望台に上がる。ここから博多湾や脊振山、佐賀県の有明海、筑後川が展望できた。天気が良ければ雲仙も見える。

 白い雪で覆われた高台は静かで心地よい。雪が風で飛ばされた所にザックを置き、紙コップを用意し、インスタントコーヒーに湯を注いだ。最近はステンレスコップより紙コップのほうが楽になった。軽いし、使ったコップは折って収納できる。

 冷えた体に、暖かいコーヒーで喉を潤す。筆者は持参したドーナツで、Oはショートケーキで腹を満たした。お互いに記念写真を撮り合い、駐車場へ戻った。

 途中、2人ほど1人歩きの登山者とすれ違った。2人とも男性で、挨拶しても返事はなかった。「最近の登山者は挨拶をしませんね」とO。その点、女性はよく挨拶をする。

気象レーダーにて(筆者:26年1月12日)頭が冷えたのでスキーヘルメットを被った。後は脊振山(1,055m)
気象レーダーにて(筆者:26年1月12日)
頭が冷えたのでスキーヘルメットを被った。後は脊振山(1,055m)

 今回も三瀬村の蕎麦屋で、ごぼう天蕎麦を食して帰宅した。支払いは、運転代としてOのおごりであった。2人とも雪の山歩きに大いに満足した。Oは車の助手席で居眠りをしていた。

脊振の自然を愛する会
代表 池田友行

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