第56回九州芸術祭文学賞 記者本人が受賞者となって表彰式レポート

 (公財)九州文化協会が運営する、「九州芸術祭文学賞」の福岡市地区次席にデータ・マックス記者の松下森音が選出された。受賞者本人による表彰式レポートを掲載する。

地方文学賞としては異例のスケール

 3月1日、第56回九州芸術祭文学賞の表彰式が福岡市のFFGホールにて開催された。選考委員や一般の聴衆らに見守られながら、幅広い年代の受賞者が表彰を受けた。もちろん、「報道関係者」のタグを首からぶら下げた受賞者は筆者だけだった。

 九州芸術祭文学賞は、九州文化協会が九州各県と福岡・北九州・熊本の3政令指定都市との共催で実施している。応募できるのは九州在住者のみ。56回目となる今回は、241点の作品が集まった。九州・沖縄8県と3政令指定都市(福岡市、北九州市、熊本市)、計11地区から地区優秀作・地区次席をそれぞれ1作ずつ選出。地区優秀作が最終選考へ進む、という選考過程となる。

 この賞の最大の特徴は、「地方文学賞らしからぬ」スケールの大きさだ。最終審査の選考委員には、芥川賞作家である村田喜代子氏と青来有一氏、直木賞作家の東山彰良氏、「文學界」編集長・浅井茉莉子氏が名を連ねる。最優秀作に選ばれた作品は「文學界」に掲載されることとなっており、大手文芸誌への掲載ルートが確約されている地方文学賞は、全国的に見ても希有な存在だ。

戸惑いつつ受賞者が表彰式取材

 受賞者兼記者である筆者が会場に到着して、まず戸惑ったのは席の位置だった。報道関係者席と受賞者席がきっちりと分けられており、どちらに腰を下ろすべきか、しばらく立ち尽くすことになった。記者証を下げている以上、報道側に座るべきなのかもしれない。しかし呼名された受賞者が順番に壇上へ上がるなか、急に報道席から立ち上がる者が現れたら会場の空気はざわついてしまうだろうと考えて、筆者は結局、受賞者席に座ることにした。ほどなくして、地区次席受賞者から順番に表彰が始まった。筆者も壇上へ呼ばれ、東山彰良氏から賞状の贈呈を受けた。

 受賞者の表彰の後には、高崎卓馬氏による講演が行われた。高崎氏は電通に入社後、コピーライターとして数々の広告を手がけた。その活躍は広告業界だけにとどまらず、米国アカデミー賞国際長編部門にもノミネートされた、映画「PERFECT DAYS」(ヴィム・ヴェンダース監督作品)では、企画・脚本・プロデュースを担当している。

 高崎氏は講演で、「予定調和を解体する」「経験でしか物ごとは語れない」など自身の創作における方法論を緻密に語りつつ、一方でPERFECT DAYSの制作秘話はユーモアを交えながら語り、ヴェンダース監督と浅草・押上を練り歩いたエピソードでは随所で笑いが起こるなど、快活な進行に会場は終始引き込まれていた。

 筆者も売れっ子の高崎氏をカメラに収めたい気持ちはあったものの、会場内は基本的に撮影・録音が禁止されている。報道関係者に限っては式中の撮影が認められていたのだが、先に述べたとおり、筆者は受賞者席に座っていたためその特権を生かすことができなかった。結果として、記者としての初仕事は制限を受けることになった。

 講演会後には受賞者や選考委員、報道関係者などが集まり式場近くのレストランにて懇親会が行われた。受賞者の本業は教員やソムリエ、主婦など多岐にわたる。生活の延長線上に創作があるという、地方文学賞ならではの多様な背景が交錯する場となった。 

 懇親会では、同じく取材に来ていた某新聞社の記者と言葉を交わした。名刺を渡すと、相手は一瞬不思議そうな表情を見せ、そのまま地場のメディア同士ならではの話題へと転がっていく。取材対象でありながら同業者でもあるという、この少しねじれた状況が、場の空気にほんのわずかな緊張と滑稽さをもたらした。一日を通して立ち回りに苦労したものの、概して愉快な経験だった。

九州から生まれる文学の可能性

 九州芸術祭文学賞は1970年の創設以来、九州の地から少なくない数の表現者を「中央」へと送り出してきた。とりわけ沖縄文学の興隆にはたした役割は大きく、本土復帰前後の混迷期から、この賞を足がかりに沖縄独自の歴史や風土を背景とした文学が日本文壇を席巻した歴史がある。かつて沖縄の地から現れた受賞作がそのまま芥川賞に輝いたことは、その最たる象徴といえる。

 近年この系譜から商業デビューをはたす書き手の勢いに、かつての爆発力が見られないのは事実だ。出版業界の不況も相まって、今や九州から飛び立つ職業作家は幻想になりつつある。

 しかし、式の場に立ち込めていたのは、停滞を打破し、再びこの地から新たな文学史を刻もうとするたしかな熱量だった。九州から次なる文学の潮流が生まれるか。一人の書き手として、これから記者の世界に身を置く者として注視し続けたい。

【松下森音】

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