全管協(全国賃貸管理ビジネス協会)名誉会長・高橋誠一氏が代表を務める三光ソフラン(株)は、埼玉県大宮市(現・さいたま市)の米穀店を起点に発展し、現在は埼玉県を軸に、不動産事業からリゾートホテル経営、ヘルスケア分野まで幅広く展開する三光ソフラングループの主力企業であり、前身の三光不動産(株)の創業(1975年)から50年以上の歴史をもつ。
グループの原点は、現代表・高橋誠一氏の父が営んでいた米穀店「高橋米穀」にある。高橋氏は69年、東京電機大学工学部を卒業後、高橋米穀を継承した。しかし、当時は他社への就職も内定しており、本人に家業を継ぐ気持ちはなかったという。
69年といえば終戦から24年。戦後復興を経て、主食の米を中心とした日本の食生活が変化しつつある時期だった。店では従業員も高齢化し、重量のある米の運搬は体への負担が大きく、退職を申し出る者もいた。
高橋氏は卒業前、兄や姉と家業を手伝っていたものの、兄や姉に任せれば十分と考えていた。あるとき義兄(姉の夫)からこう告げられる。「親父さんは君に期待している。君が継がないなら、米屋は自分の代でおしまいにして店を売ると言っているよ」。父の本心を知った高橋氏は、ここで家業を継ぐ決断を下した。
高橋氏が各種インタビューなどで語った原点であるが、家業を継ぐにあたり2つの条件を出している。1つ目の条件は「給料は大卒の給料の1.5倍」、もう1つは「俺の好きなようにやらせること」であった。(『三光ソフラングループ 未来への挑戦』IN通信社)
父も了承したが、経営方針をめぐって父親とは意見が合わず、衝突していた。同族企業ではよくあることだが、2021年に高橋氏の経営哲学や事業紹介を中心に評伝として出版された『三光ソフラングループ 未来への挑戦』に興味深いことが書かれていた。
「自分流でむだなことをどんどん削っていき、それまでの米屋の商法をがらりと変えてしまいました」(高橋氏)。家業を継ぐと言ったときから「やるからには、自分流のやり方でやっていく」ことにこだわった。
この「自分流」へのこだわりは、23年に全管協会長を退任した後も、名誉会長として実権を握り続けている現在の姿にも通じるところがあるのではないか。
今後、高橋氏の遍歴について連載で掘り下げていくが、全管協のコンプライアンスやガバナンスの問題を考えるうえで、「政治との関係が問題だ」と指摘する声は多い。高橋氏は全国賃貸住宅経営者政治連盟(ちんたい政連)会長や、自民党ちんたい支部連合会会長を務めている。
家賃の消費税非課税化や定期借家権制度の導入は、高橋氏ら「ちんたい政連」の働きかけによって実現したものだ。
自民党ちんたい支部連合会は約4万人の党員を有し、有力な職域支部の1つだ。取材を進めていくなかで、高橋氏と「意外な人物」との接点が浮かび上がってきた。
(つづく)
【近藤将勝】









