「合従連衡」から読む中国ビジネス(前)相手の懸案を読む説得術

青山英明

合従連衡は「環境をつくる」戦略

 現代のビジネスにおいて、競争は単純な勝ち負けだけでは捉えにくい。企業は市場で競い、資本を調達し、顧客を獲得し、人材を確保し、時には競合とも協力する。そこで問われるのは、単に能力があるかどうかではない。誰に向かって、何を語り、どのような利害を組み合わせ、相手にどの行動を取ってもらうかである。

 この問題を考えるうえで、『戦国策』に見られる「合従連衡」は、現代ビジネスにも通じる手がかりとなる。合従とは、南北に連なる六国が同盟を組み、強国・秦に対抗する構想である。連衡とは、秦が六国それぞれと個別に結び、反秦同盟を分断する構想である。いずれも、単なる外交政策ではない。限られた資源しか持たない主体が、いかに他者と組み、あるいは他者の連携を崩し、自分に有利な環境を形成するかという戦略の問題である。

蘇秦に学ぶ、相手を動かす構図のつくり方

 この合従策の代表的人物が蘇秦である。蘇秦は、いわゆる縦横家の象徴的存在として知られる。『史記』などによれば、若いころは仕官に失敗し、郷里でも嘲笑された。その後、説得の術を磨き、燕で機会を得て、趙を説き、さらに六国同盟へとつなげた。最終的には六国の宰相印を帯びた人物として語られる。もちろん、その生涯には伝説化された部分もある。しかし、ここで注目されるのは、蘇秦が単なる論客ではなく、相手を動かすための構図をつくった点にある。

 論客、策士、説明者、そして縦横家の違いはどこにあるのか。知識をもつだけなら論客で足りる。面白い比喩を語るだけなら策士でも足りる。体系的に説明するだけなら説明者でもできる。しかし、縦横家はそれだけでは終わらない。誰に言うのか。どういう例えを使うのか。言った後に相手にどう動いてほしいのか。この3点が明確である。蘇秦の場合、それは趙粛侯に秦への危機を理解させ、韓・魏・燕・楚・斉との連携に踏み出させることだった。

 『戦国策』において、蘇秦は趙粛侯に対し、国を保つには民を安んじること、民を安んじるには交わりを選ぶことが肝要であると説く。そして、趙が強国であること、秦が趙を恐れていること、しかし韓と魏が破られればその災いは趙にもおよぶことを、地理と兵力の比較を用いて説明する。ここには、単なる情緒的な説得ではなく、相手の不安、国力、周辺環境、敵国の行動、同盟形成後の利益を1つの構図に収める技法がある。

 この説得の焦点は、趙を褒めることではない。趙粛侯の立場に立ち、彼が何を恐れ、何を欲し、何に踏み出せないのかを見極めたうえで、その懸念を同盟構想へ変える点にある。現代の言葉でいえば、相手の体力、懸念、弱点、欲望、判断余地を読むことである。相手の表面的な発言だけではなく、背後にある制約条件を読む。そこに、縦横家の実践性がある。

資本提携で問われる「懸念を読む力」

 この視点は、現代中国ビジネス、とりわけ資本提携や長期投資の場面にも重ねることができる。企業同士の提携や投資は、単に金を出す側と受け取る側の関係ではない。投資家は資金だけでなく、経営観、産業観、ネットワーク、評判、将来構想を持ち込む。創業者や経営者は、資金を必要としながらも、支配権、経営の自由、企業文化、従業員の将来、既存株主との関係を気にする。そこで問われるのは、資金量だけではない。相手の懸念をどれだけ正確に読み、それを自分の提案のなかに取り込めるかである。

 その事例として、張磊と董明珠の関係は興味深い。董明珠は、格力電器の代表的経営者として知られる。南京生まれで、1990年に営業員として格力に入り、94年に経営部長、2012年には格力電器の会長兼社長となった人物である。全国人民代表大会代表も務め、中国において企業家としてだけでなく、制度側にも近い存在である。

 格力は中国を代表する家電企業であり、空調分野で強い競争力をもってきた。しかし、伝統的な販売代理店ネットワークと空調事業だけで将来を支えきれるのかという課題も抱えていた。19年前後の混合所有制改革の局面では、外部資本の参入が焦点となった。一方で、董明珠のような経営者にとって、外部投資家は必ずしも歓迎できる存在ではない。資金は欲しい。しかし、経営に干渉されることは避けたい。この緊張関係が、相手側の重要な懸念であった。

 そこに現れたのが、高瓴資本の張磊である。彼は巨額の資金を提示し、格力の大株主となる道を開いたとされる。しかし、単に金額の大きさで董明珠を動かしたわけではない。注目されるのは、張磊が「経営には干渉しない」「長期価値を重視する」「董明珠の運営を信頼する」というメッセージを打ち出した点である。これは、董明珠の懸念を正面から読んだ提案だった。

 ここで張磊が行ったことは、現代版の合従連衡に近い。彼は、格力という強い実体企業に対し、資本の側から単なる支配ではなく、長期的な同盟を提示した。格力にとって必要なのは資金だけではなく、将来の産業転換、資本市場との関係、長期的な支持者の存在だった。高瓴にとっても、格力のような実体経済の中核企業に深く入ることは、自社の長期投資哲学を示す機会となる。双方の利害は完全に同一ではないが、一定の方向で重なった。これが、合従の現代的なかたちに見える。

実体経済を支える長期資本という説得

 同じ構図は、曹徳旺と高瓴資本の関係にも見られる。曹徳旺は、福耀玻璃工業集団の創業者であり、中国最大級、世界有数の自動車用ガラスメーカーを築いた企業家である。福建省で育ち、国営ガラスメーカーで働いた後、受託運営を経て、1980年代に自動車用ガラスへ事業を切り替えた。93年にA株上場を果たし、2005年には中国市場で大きなシェアを獲得した。彼は、製造業の現場から出てきた実業家であり、短期的な金融資本に対して一定の距離感をもっていたと考えられる。

 その曹徳旺が、高瓴資本の出資を受け入れた過程にも、説得の構図がある。張磊は、福耀の業界地位、全国シェア、世界的な位置づけ、工業体系の高度化に伴う成長可能性を踏まえたうえで、自身の長期投資理念を説明したとされる。ここでも、単に「投資したい」と述べたのではない。曹徳旺が大事にしているもの、すなわち実体経済、製造業、雇用、工業体系、企業の自主性を理解したうえで、それを自分の投資哲学と重ねた。

 曹徳旺にとっての不安は、資本が短期利益を追い、企業の長期経営に干渉することだったと考えられる。張磊はその不安を読み、低く買って高く売る投機ではなく、企業と長期的に伴走する資本であることを語った。さらに、現代技術と工業製造を組み合わせれば、伝統産業の高度化が進み、企業価値だけでなく雇用や社会的価値も高まると説いた。これは、曹徳旺自身の価値観を言語化し直す説得であった。

 この2つの事例から見えるのは、資本提携において効くのは、資金量そのものではなく、相手の価値観と制約条件を読んだ言葉であるという点である。張磊は、董明珠には「経営を任せる長期資本」として語り、曹徳旺には「実体経済と製造業を支える長期資本」として語った。相手によって同じではない。誰に語るのか。どう語るのか。語った後に相手にどの行動を取ってもらうのか。この3点が整っている。

 ここに、蘇秦の合従策との共通点がある。蘇秦は、趙粛侯に対して、趙が秦を恐れる理由と、秦が趙を恐れる理由を同時に示した。そして、趙単独ではなく、六国の連携が合理的であるという構図を提示した。張磊もまた、董明珠や曹徳旺に対して、企業単独の課題と外部資本を受け入れる理由を重ねて示した。どちらも、相手の不安を消すだけではない。相手の未来像を、自分との同盟のなかに置き直している。

(つづく)


<プロフィール>
青山英明
(あおやま・ひであき)
一帯一路日本研究センター研究員、南京大学博士課程在学中。南京大学「一帯一路」研究院首席専門家・于文傑に師事し、地政学的ロジックを一次史料に基づく解析で、海のシルクロードと「一帯一路」構想の構造的共通項が、現代の意思決定に与える示唆を研究テーマとする。
実務面では、2007年より香港、蘇州、上海、北京の主要4都市に12年間駐在。証券・PEファンドの立場から、中国経済の変遷と資本論理を現場レベルで一貫して経験した。現在、北京語言大学の非常勤講師として「日中間のビジネス事情」を担当。同時に、中国企業の日本パートナーとして隔月での現地往来を継続しており、企業のハンズオン支援やスタートアップ投資を通じて、現地の最新の意思決定プロセスに直接関与している。

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