人体の加齢と健康長寿、20歳から100歳までの身体機能マップ(8)認知症予防の14因子・各論

 人は何歳から老い始めるのか。筋肉や骨は若年期にピークを迎える一方、語彙力や状況判断力は60代まで伸びるなど、身体機能の加齢曲線は一様ではない。本稿では、公的統計や学会ガイドライン、査読論文を基に、20歳から100歳までの変化を臓器別・年代別に整理。健康寿命を延ばすための実践策や、90歳以降に機能を維持するための要点を紹介する。
 ところで、医学情報の最大の落とし穴は、確立された事実と、有望だが未確定の仮説が同じ調子で語られることである。本レポートでは、すべての記述を以下の三段階で区別し、本文中に記号で示す。

表0

世界の認知症の約45%は、理論上、予防可能とされる

 2024年、Lancet委員会は認知症予防に関する第3次報告を発表した。本章はその14因子を一つずつ解説する。本レポートのなかで、最も出典が明確で、かつ実践に直結する領域である。

8-1 報告の概要と、数値の正しい読み方

 2024年のLancet委員会報告は、14の修正可能なリスク因子に対処することで、世界の認知症症例の約45%が予防または遅延できると推計した。2020年時点の12因子に、中年期の高LDLコレステロールと未治療の視力低下の2つが新たに追加された。【推】

「45%予防可能」の意味を誤解しないために
 この45%という数値は人口寄与危険割合(PAF)と呼ばれる指標である。「集団全体からそのリスク因子が完全になくなった場合、理論上どれだけ症例が減るか」を示す。
 したがって以下は誤った読み方である。

  • 「これを実行すれば自分の発症確率が45%下がる」→誤り。個人の確率ではない
  • 「45%は確実に防げる」→誤り。因子を完全に消去した場合の理論値
  • 「残り55%は運命」→誤り。未解明の因子が含まれるにすぎない

 正しくは「社会全体でこれらに取り組めば、認知症の負担を相当程度減らせる可能性がある」という集団レベルの推計である。個人にとっては「発症を遅らせる可能性を高める手段」と捉えるのが妥当である。

8-2 14因子の一覧―寄与度と対処時期

 以下は、Lancet委員会が示した14因子を、人生の時期別に整理したものである。「寄与度」は各因子を除去した場合に減少すると推計される認知症症例の割合である。

表1

出典:Livingston G, et al. The Lancet 2024; 404(10452): 572-628.
および同誌が公開した図版に基づく。端数処理の関係で、14因子の合計は45%と厳密には一致しない。

この表から読み取るべきこと
 ①最大の因子は難聴と高LDLコレステロールで、各7%。いずれも中年期の因子であり、かついずれも検査で把握でき、対処法が存在する。「認知症予防」と聞いて多くの人が想像する脳トレよりも、聴力検査とコレステロール管理のほうが、現時点のエビデンスでは寄与が大きい。

 ②中年期の因子が全体の過半を占める。10因子が中年期に配置され、合計は約27%に達する。40代・50代の健診結果への対応が、20年後の認知症リスクに関わる。

 ③社会的孤立が5%を占め、高齢期では最大の因子である。医学的介入ではないが、教育(5%)と並ぶ規模を持つ。

 ④個別の因子は1〜7%にとどまる。どれか一つで劇的に変わるものではなく、該当するものを複数減らすことで累積的に効く構造である。

8-3 因子別・具体的な対処

 Lancet委員会は、各因子に対する推奨も併せて示している。以下は寄与度の大きい順に、実際に何をすべきかを整理したものである。

①難聴(7%・中年期)
 2024年報告では、難聴は中年期以降で最大の修正可能因子とされる。聴覚の低下は、単に聞こえにくいという不便にとどまらず、会話量の減少・社会的孤立・認知的負荷の増大を通じて認知機能に影響すると考えられている。

  • 聴力検査を受ける(自覚がなくても中年期以降は定期的に)
  • 難聴があれば補聴器の使用を検討する
  • 有害な騒音への曝露を減らす(イヤホンの音量を含む)

補足
 Lancet委員会は、補聴器と視力検査を誰もが利用できるようにすべきと政策提言している。日本では補聴器の使用率が国際的に低い水準にあり、「まだ我慢できる」という判断が長期的な不利益になりうる。

②高LDLコレステロール(7%・中年期)
 2024年に新規追加された因子。100万人以上が参加した大規模コホート研究と、27研究のメンデルランダム化メタ解析に基づく。およそ40歳頃からの中年期のLDL高値が問題とされる。

  • 健診でLDLコレステロール値を把握する
  • 中年期から管理を始める(高齢になってからでは遅い可能性)
  • 治療の要否は医師と相談して判断する

補足
 この因子の追加は、本レポートの第3章で述べた「40代の健診結果は今ではなく20年後への投資として読む」という指摘の医学的根拠にあたる。
※囲み終わり

③教育水準が低いこと(5%・小児期)/社会的孤立(5%・高齢期)
 教育は小児期の因子であり、成人後に遡って変えることはできない。ただし、Lancet委員会は認知的活動を生涯にわたり継続することの重要性を指摘している。社会的孤立は高齢期の因子で、こちらは対処可能である。

  • 生涯にわたる学習・認知的活動の継続
  • 対人交流の機会を意識的に確保する
  • 地域活動・通所サービス等の社会資源を活用する

補足
 社会的孤立への対処は、本レポート第3章のフレイル対策と重なる。認知症予防とフレイル予防は、社会参加という一点で交差する。

④頭部外傷(3%・中年期)/うつ(3%・高齢期)/大気汚染(3%・高齢期)
 頭部外傷は、スポーツ・自転車・転倒によるものが中心である。大気汚染は個人での対処が難しく、政策レベルの課題とされる。うつは治療可能であり、放置しないことが重要である。

  • 接触を伴うスポーツや自転車でのヘルメット着用
  • 高齢期の転倒予防(第6章参照)
  • 気分の落ち込みが続く場合は専門家に相談する

補足
 うつについては、2024年報告で新たなメタ解析が実施された。高齢期の抑うつ症状を「年のせい」として見過ごさないことが重要である。

⑤運動不足・糖尿病・喫煙・高血圧(各2%・中年期)/視力低下(2%・高齢期)/肥満・過度の飲酒(各1%・中年期)
 いずれも寄与度は個別には小さいが、これらは同時に複数を抱えることが多く、累積的に作用する。また、いずれも他の疾患リスクとも重なるため、対処の価値は認知症予防だけにとどまらない。

  •  40歳以降、収縮期血圧130mmHg以下の維持を目標とする(委員会推奨)
  • 禁煙
  • 定期的な運動
  • 血糖・体重の管理
  • 眼科検診を受け、視力低下は治療する(白内障手術を含む)
  • 過度の飲酒を避ける

補足
 Lancet委員会は40歳から収縮期血圧130mmHg以下を維持することを推奨している。ただし高齢者では過度の降圧が有害となり得るため、目標値は医師と個別に相談する必要がある。

8-4 この報告をどう受け止めるか

 最後に、この報告の限界にも触れておく必要がある。

表2

結論として
 14因子のリストは確定した処方箋ではなく、現時点で最も体系的にまとめられた優先順位の候補である。それでも、この14項目のうち難聴・LDL・血圧・血糖・視力の5つは健診または簡単な検査で把握でき、いずれも対処法が存在する。
 認知症予防として何か一つを始めるなら、目新しい健康法よりも、聴力検査を受けること、健診結果のLDLと血圧の欄を見ることから始めるのが、現時点のエビデンスに最も忠実な選択である。

(つづく)

【Hayate Kirishima】

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