高島宗一郎・福岡市長が英断~初当選時を振り返りつつ、今後は芸能人の道をおすすめする

ツキのあるお方

 2010年6月のこと、筆者は当時、自民党福岡県連会長であった故・新宮松比古県議会議員から愚痴を聞かされていた。「コダマさん、自民党支援の候補者として福岡市長選に出てくれるよう頼んで回るのだが、野党になりさがると誰も相手にしてくれない」という。新宮先生にしてみれば野党の哀れさを「嫌!」というほど味わっていたのである。どうやら10名位に声をかけていたらしい(最近になって「俺も勧められた」という新たな証言者にも出くわした)。

 それが、ある日のこと、先生から電話があった。「KBCの高島アナウンサーを口説きに行くよ」という内容であった。当時、KBCラジオで当社データ・マックスは朝8時から9時の番組をもっていたから、その関係で多くのKBC関係者とは面識があった。「先生、高島氏はどの番組を担当しているのですか?」と尋ねた。「朝9時過ぎの番組を担当しているよ」とのことだったが、筆者はまったく知らなかった。

 午後2時に電話がかかってきた。「高島さんから承諾を得た」という声は嬉々としていた。ほぼ即決であったという。高島アナウンサーは大分市出身、関東の大学を卒業したというキャリアだったが、福岡には縁が無かった。当時、KBCには12~13年勤務していたと思う。番組で一定程度、福岡市民から認知はされていただろう。しかし、本当にツキのあるお方である。自民党が野党であったからこそお声がかかったのであるから。

選挙力もあった

 10年11月の福岡市長選は当時現職で再選を目指す吉田宏氏と、新人の高島宗一郎氏の実質的に2人の戦いであった。手堅いと見られていた現職市長を相手に、高島氏は果敢に挑戦したのである。結果は、吉田氏14万4,828票、高島氏20万9,532票と大差をつけての新人の勝利だった。高島氏は選挙も強かったのである。選挙も強いし4期市長を務めた同氏はますますツキまくった。福岡市の人口は、当選した10年11月当時の146万人から20万人超増えて167万人になった。税収も2,653億円から4,172億円へと約1.6倍に増えた。山崎広太郎市長時代(1998~2006年)の緊縮財政の苦労を目撃してきた筆者にしてみれば、「高島市長は本当にツキの良い人である」と感服するほかない。

自由人がこれからの貴方の人生なり

 それと同時に筆者は、「自由人がよくもまぁ、首長(=金縛りの福岡市長ポスト)に16年間も耐えられたものだ」とさらに敬服しているのだ。確かに政令指定都市の首長という権力を駆使することには快感を覚えることもあっただろう。だが高島市長の根っこは自由人である。雁字搦めの生活にはストレスが溜まる。

 さて、敬服する高島市長に筆者から最後の提案を行おう。「自由人としてネットの世界で自由奔放に動き回れば、年収10億円を稼ぐのは可能なのでは」と。

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