万葉の海へ漕ぎ出す
老朽化した福岡国際センターが建替えられて初めての大相撲九州場所は、例年通り11月に開催された。木枯らしの吹き始めたウォーターフロント地区の新施設では、15日間の本場所が熱気のなか千秋楽を迎え、優勝力士はオープントップのクルーザーで博多湾へ船出し、那珂川を遡上。両岸に詰めかけた大勢の相撲ファンから祝福される様は、博多座の歌舞伎興行で当代人気の役者たちが博多川を下る「船乗り込み」で見せる誉れと似た光景を呈した。目を奪う機能満載の新・福岡国際センターでの神事を厳かに終えた誇らしさは、国技の伝統やしきたりを引き継ぎつつも、新装なった九州場所の革新が、江戸・両国の格式に上書きされた風だった。
前年の九州場所から、新しい福岡国際センターでの本場所までちょうど1年。移転工事による遅れを生じさせることなく、年間6場所の並び通り、年の最後を締めくくる場所は滞りなく開催された。初日、九州場所の常連はいつも通り11月に博多へ足を運び、福岡国際センターが同名のまま所在地を少しばかりと風貌を大きく変えていたことに、面食らったかもしれない。(公財)日本相撲協会は、日程と開催地では頑として動くことを拒み、相撲ファンの脳裏にある九州場所を堅く守ろうとした。そのことは、旧い福岡国際センターで九州場所に刻まれてきたレガシーの系譜を、新たな会場設営の諸所に映し留め、同時に、新導入された機能を将来の優れた資産として存分に生かそうとする運営姿勢にうかがわれた。
「砂かぶり席」の身震い
そこは「たまり席」とも言い、前列は土俵を割った力士がしばしば吹っ飛んでくる。全国へ向けたテレビ中継で映り込むハレの特等席である一方、肉弾の下敷きとなる危険と隣り合わせの痺れる土俵下。しかし、新装九州場所では安全装置が施され、夜会巻きの着物女性があわやそんな目に遭わない工夫がなされている。巨漢が宙に舞った瞬間、土俵下に目立たないよう設置されたノズルから強力な圧縮空気が噴射され、力士を軟着陸させる。土俵を360度捉える多数のカメラが、力士の位置と軌道を三次元座標で瞬時に感知、AIが的確な位置にあるノズルへ、目に見えないエアクッションの放出を命ずる。落下する肉塊は波打つが怪我防止となり、力士にも好評で、思いきった取り口へ弾みをつけた。超集音装置と併せたこのシステムは、物言いがついた取り組みに勝負審判が土俵上で額を寄せ合うモゴモゴ協議を省き、グレー決着で勝ち星を拾う力士を落胆させもした。
新機軸は、ほかにもある。会場中央、天井から吊り下がる神社形式の屋形は、レジェンド関取や注目力士の取り組みを中入りの土俵上にホログラム映像で浮かび上がらせる。相撲の神さま・野見宿禰(のみのすくね)の追想か。施設常設の高精細LEDウォールでは、九州出身力士にちなむ郷里のプレゼン映像をパノラマビューで紹介し、九州外から来福した観戦客へ、九州広域への周遊意欲を醸成する。大人4人には狭かった枡席は広くなって座椅子が置かれ、高齢者や外国人客の救いとなり、客のスマホには会場独自の情報を多言語で届ける仕組みが設けられた。通路沿いの席では、力士が通るたび鼻孔をくすぐる鬢付油の香りだが、サウンドスケープならぬ“Smell Scape(香りの情景づくり)”が全館でそこはかとなく試行されていた。観客は会場に足を踏み入れるなり、嗅覚から大相撲の世界へトリップする仕掛けだ。フロリダの空港に降り立つと日焼けオイルのココナッツの香りが迎え、南国訪問を強く印象付けるように。
四股名の背景を呼び出し
ソフト面では、子どもや女性、インバウンド客を意識し、回しの締め込み&四股体験、フィジカルAIとの決まり手八十二手対決、関取ボーカロイドとデュエットボックス、化粧回しデザインラボ、ちゃんこ料理南蛮アレンジなどを開拓している。九州でのコンテンツ展開には、かつて倭国外交の玄関口であり、文化の受発信を担った筑前の地に敬意を払う。
威勢よい「よいしょー!」の掛け声とともに弓取り式が終わった後、福岡国際センターから歩み出る観客たちは、めいめいどこかへ向かっていく。和髪の着物女性をクラブのママか割烹の女将と早合点した向きは天神・中洲界隈へ急ぎ、贔屓力士のいる向きは相撲部屋の地方宿舎へ赴くのかもしれない。インバウンド客はSumoカフェで、ぶちかまし体験か。
会場内で観覧した九州各地の風景と力士ゆかりの物語に感化され、以降の旅先にそれらをリストアップしてくれる人たちが多ければ、大相撲九州場所の開催意義はとても大きい。
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11月8日から始まる今年の大相撲九州場所は、従来通りに展開される。本稿は筆者が、悲喜こもごもの新番付表を眺めながら、まだ見ぬシン・福岡国際センター建設計画へ思いを馳せつつ、勝手に構想させていただいた。20XX年11月、色とりどりの幟が立ち並ぶ外周道の奥の宮、秘策満載の土俵で世界を魅了する相撲道が披露されるのは楽しみだ。
(写真提供:福岡市港湾空港局)
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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