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2016年05月18日 11:37

20年前に「パナマ文書」の世界を予見!(1)

立教大学 経済学部 教授 櫻井 公人 氏

 「パナマ文書(※)」21万4,000件が、日本時間5月10日午前3時に公表され、世界各国首脳や大企業、富裕層の「錬金術」の実体が明らかになった。日本関連は重複を含めて806件あった。「カネ、名声、力を持つ者と、それ以外の人々には異なるルールが存在する」ことはおかしい。これは、税法などの法律に関する問題ではない。彼らが道徳・倫理観を持って、多くの国民と同じに、ごく普通に納税すれば「増税」の話など起こらない。では、なぜこのような限りなくブラックに近い行為が、堂々と許されてしまうのか――。
 今、この疑問に答える1冊の本『国家の退場』(スーザン・ストレンジ著、ケンブリッジ大学出版)が注目されている。著者のスーザン・ストレンジはLSE(London School of Economics)教授で、この本は約20年前(日本語版は1998年と2011年【復刻】に岩波書店から)に書かれた。訳者である立教大学経済研究所長の櫻井公人教授に聞いた。


国家の権威がグローバル化する市場経済のもとで衰退

 ――今、「パナマ文書」が世界中の首脳を震え上がらせています。しかし、スーザン・ストレンジは、20年前にすでに、このような「パナマ文書」の世界を予見していますね。

 櫻井公人氏(以下、櫻井) 奇しくも、ストレンジが見ていた1980年代と2010年代の今日とは、似たような課題を抱えているような気がしています。ストレンジは、国家の権威がグローバル化する市場経済のもとで衰退して、非国家的な権威によるパワーの行使が拡大、世界経済に脅威を引き起すことを「国家の退場」という言葉で表現しています。今話題となっている「パナマ文書」は、その国家の退場の一例に過ぎません。

立教大学 経済学部 教授 櫻井 公人 氏<

立教大学 経済学部 教授 櫻井 公人 氏

 タックスヘイブン(租税回避地)については、オフショア市場と同様、国家の退場によって、世界に善悪や倫理観を超えて、グレーゾーンがどんどん拡がっていくことの例として描かれています。そして、まさしく、今の状況ですが、「官僚、政治家、企業家たちがこれを悪用することになるので、注視する必要がある」と警鐘を鳴らしています。

 また、最近の経済動向を金融化と捉える経済学者や有識者は多いと思います。しかし、それは21世紀になってからの話です。ストレンジは『カジノ資本主義』(1986年)や『マッドマネー』(1998年)など一連の著書のなかで、国家が退場することによって、国家による「マネーのコントロールが効かなくなる」将来を予見しています。

 私たちは国家がいろいろな重要局面で、私たちの生活の面倒を見てくれている、コントロールしてくれていることを信じています。しかし、それは現在では幻想に近いものになっています。国家には、コントロールできること、できないことがあり、さらに言えば、コントロールできるはずなのに、自らわざわざ手放してしまっていることが多くあります。

意図することなしに、いつの間にか、皆ギャンブラー

 ――なるほど、国家の権威を市場が凌駕してしまうわけですね。ところで、「カジノ資本主義」について少し詳しく教えていただけますか。

 櫻井 飛行機事故が怖ければ、飛行機に乗らないことで事故のリスクは避けられます。一方、原子力発電所の事故を心配して、自分はその電気を使わないとしても、事故のリスクを避けることはできません。同じように、「カジノ資本主義」とは、カジノに行かない人も、カジノの帰結から影響を受けてしまうことを意味します。

 国民全員が意図することなしに、いつの間にか、ギャンブラーにされてしまい、社会そのものが賭けの対象にされてしまいます。私たちの職、地域の経済、将来の税負担や年金制度まで、私たちが投票した国会議員たちではなく、外国の投資家・投機家によって決められてしまう可能性があるということです。

国家の手で制御できる範囲を超えたリスクが拡大した

 この現象は、当初は発展途上国で顕著だったために、「発展途上国はまだ国家のパワーが小さいのでそうなってしまうのだ」と思われていました。しかし、21世紀に入ると、アメリカでもヨーロッパ諸国家でも、自分たちがつくり出したこのスキームによって、振り回されていくことになります。本来なら当局が管理すべきなのに、しようとしても、すでに国家によるマネーのコントロールが効かなくなっています。

 その結果、今日、国家の手で制御できる範囲を超えたリスクが世界中に拡がっています。各国を襲った通貨危機(94年にメキシコ、97年にタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン)や韓国の「東アジア通貨危機」、98年にロシア、2001年にアルゼンチンやグローバル金融危機(リーマン・ショック、ギリシャ・ユーロ危機など)はその典型です。ストレンジは、すでに20年前にこのことを見抜き、「国家による市場の制御は可能なのか」などの命題に対峙しています。

(つづく)
【金木 亮憲】

※「パナマ文書」(Panama Papers):パナマを拠点とする法律事務所「モサック・フォンセカ(Mossack Fonseca)」から流失した2.6テラ・バイト(文庫本26,000冊相当)、1,150万件もの機密文書。1970年代から約40年間にわたる電子メールや画像、登記簿などの情報に、世界各国の首脳らによる租税回避地の利用実態が記されていた。国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ.本部・米ワシントンD.C.)が核となり、各国の記者(80か国107社の報道機関に所属する約400名のジャーナリスト)らが協力して情報を分析した。ICIJは日本時間10日午前3時に、日本関連806件(重複)を含む、21万4,000法人と関連する約36万件の個人名などをウェブサイトで公表した。

<プロフィール>
sakurai_pr櫻井 公人(さくらい・きみひと)
立教大学経済研究所長、立教大学経済学部経済政策学科教授
静岡県生まれ。81年京都大学経済学部卒業、87年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。阪南大学教授を経て現職。主な論文・著書に「P.クルグマンの戦略的貿易政策批判」(『阪南論集 社会科学編』第30巻第3号)、『グローバル化の政治経済学』(共編著、晃洋書房)、『現代世界経済を捉えるver.5』(共編著、東洋経済新報社)、『現代国際金融 第3版』(共編著、法律文化社)、訳書として、『マッドマネー』(共訳書、岩波書店)、『国家の退場』(共訳著、岩波書店)、『新版グローバリゼ―ション』(共訳著、岩波書店)などがある。

 
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