2022年07月02日( 土 )
by データ・マックス

過労死の時代に~変わりゆく労働の価値(1)

過労死という日本独特のマジックワード

 「朝は朝星、夜は夜星」という言葉がある。古来、我が国では働くことは崇高な行為だった。儒教や仏教の影響下で育ったこの意識は、つい最近まで「人よりより多く額に汗する」ことを推奨し、それを美徳とする社会通念が一般的だった。

 しかし、西洋では労働を美徳とする考え方は少数派だ。たとえば、古代ギリシャでは労働は卑しい行為で、市民の間ではそれは奴隷がするものという考え方だった。ユダヤ教では七日目の安息日には一切労働を行ってはならないとしている。さらに時代が下っても、ヨーロッパ全体では、労働は基本的に苦役であり、新教徒の間で一部に勤勉は美徳という考え方が生まれたものの、近世に至っても資本階級による搾取の手段という見方が少なくなかった。休みなく働くことを美徳としきた我が国とは、労働に対する意識とは相当な違いがあったといっても過言ではない。

 彼らには、自ら進んで人より多くの労働することは良いことだという日本的価値観はなく、戦争などの特殊な状況を除けば、命がけで仕事に取り組むという行為は考えられないというのが普通であった。そんな彼らには死に至るレベルまで仕事と葛藤する状況はありえないから、過労死という言葉はもちろん、そのような発想自体が存在しなかった。
 ところが、皮肉にもそんな彼らの辞典に最近では過労死という単語が“karousi”として共通認識されている。

24時間働けますか!ついこの前?まで、働き過ぎて死ぬという考え方は無かった。

office 戦後から高度成長期を経てバブル崩壊前まではモーレツ社員ということが何の問題もなく一般的に肯定されていた。「24時間戦えますか」というのは栄養ドリンクのコマーシャルであり、そのコピーが問題になることもなかった。1998年、当時の人気ドリンクアリナミンに対抗して作られたそのドリンクは今でもそのコピーを公式サイトから消していない。

 もちろん、働くことが美徳というのが日本だけの考え方かというとけしてそうではない。英語にも「ハードワーク」という単語はあり、現代では欧米の少なくないエリートビジネスマンはそれを当たり前としている。かなり前のことではあるが、世界最大の小売業、ウォルマートの開発担当副社長をしていたハロルド・ジョンソンに「あなたはどのくらい休むのか」と聞いたことがある。彼の答えは「ほとんど無い」だった。

 一般的に見ても、アメリカを始め、東欧やアフリカの少なくない国が日本のより長い法定労働時間を設定している。隣国韓国も我が国よりはるかに長い法定労働時間を定めている。しかし、そんな外国で過労死が問題になったという話はほとんど聞かない。その理由は定かでないが、おそらく、命がけで仕事をしなければならない環境に置かれたら、日本人のように律義に我慢することをせず、さっさとその仕事を辞めてしまうからなのかもしれない。

逃げる能力と立ち向かう胆力

 それでは日本人はなぜ死ぬまで仕事にしがみつくのか?考えてみれば不思議なことではある。一般的に、過労死の基準は月間時間外労働が80時間以上ということになっているが、現実にはそれを超えている労働者は少なくないはずである。それでも自ら命を絶つ行為に走る事例はまれである。まれであるから逆に小さくない話題になる。いじめ自殺も同じである。

 戦後の焼け野原からスタートし、急激な経済成長に移行する中で多くの業界では年間法定労働時間はあってないようなものだった。

 たとえば小売業界では年間3,000時間の労働は普通であり、中には1年に10日程度の休みしか取らず、労働時間が年間4,000時間近くなるという猛者さえ存在した。自らが進んで行うその労働に会社が時間外賃金を支払うことはなかったが、今と違って、年間二桁の昇給が当たり前であり、昇進ポストもふんだんにあった当時は無報酬の働きも結果的に報われるということに帰結した。もちろん、そんな時代に過労死や仕事由来のうつ病などを耳にすることは無かった。いわゆる「時代のなせるわざ」なのかもしれないが、貧困と混乱と混沌の時代と直接つながっていた当時の若い労働者たちにとって、幸か不幸か過労死や過労うつなどという言葉はそのかけらさえ存在していなかったのである。

(つづく)

<プロフィール>
101104_kanbe神戸 彲(かんべ・みずち)
1947年生まれ、宮崎県出身。74年寿屋入社、えじまや社長、ハロー専務などを経て、2003年ハローデイに入社。取締役、常務を経て、09年に同社を退社。10年1月に(株)ハイマートの顧問に就任し、同5月に代表取締役社長に就任。流通コンサルタント業「スーパーマーケットプランニング未来」の代表を経て、現在は流通アナリスト。

 
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