2024年05月11日( 土 )

『山の神』柏原の引退に見る、日本陸上長距離界の課題は?

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 箱根駅伝で“山の神”と呼ばれ、将来を嘱望されていた柏原竜二選手が、先日現役引退を表明した。27歳である。現在所属の富士通ウェブサイトで「私事ではありますが、2017年3月31日を持ちまして富士通陸上競技部を退部し、競技を引退したことを報告いたします。昨シーズン(2016年度)に度重なる怪我・故障をしてしまい、この発表をしている今でも完治しておらず復帰の目処がたたないことから、競技の第一線を退くことにしました」とコメント。監督はじめ周囲から強い慰留があったものの、コンディションの回復が見込めないと柏原選手が決断し、引退を決めた模様。
 柏原選手は、東洋大学時代に箱根駅伝の5区山上りで4年連続の区間賞を獲得して、衝撃的な快走を披露し、同大学の第85回箱根駅伝の初優勝に貢献。以後在学中、箱根駅伝5区の区間記録を更新するなど“山の神”として大学駅伝界のスターとなった。卒業後は、富士通へ進んだものの、際立った活躍を見せることなく、シューズを脱ぐこととなった。柏原選手本人は、無念であったと心中を察する。

 箱根駅伝の正式名称は、『東京箱根間往復大学駅伝競走』。2017年で91回を数えた。毎年1月2日、3日の2日間で開催される関東学生陸上競技連盟所属の大学のみが出場する“地方大会”という位置づけである。学生スポーツ界での注目度はトップクラスで、国民的な人気を誇る一大スポーツ大会である。それゆえ、この箱根に出場することを人生の目標に掲げる選手は、数多い。
 しかし、「箱根駅伝に出場した選手は、その後大成しないのではないか」と、陸上関係者周辺で囁かれている。現在、駅伝は世界レベルの大会では、行なわれていない。日本発祥の競技で、徐々に世界的に広まってきた。
 箱根駅伝の出場ランナーのなかで、オリンピックと世界陸上のメダル獲得を含めた入賞者は、オリンピック10名で、うちメダリストは1936年ベルリン大会マラソンの南 昇竜選手の3位が最高である。世界陸上は、入賞者10名で、うちメダリストは3名(1991年東京大会 マラソン谷口浩美選手、99年セビリア大会 マラソン佐藤信之選手、2005年ヘルシンキ大会 マラソン 尾方 剛選手)である。この結果が良い悪いと述べるのは、それぞれの価値観であるので断定できないが、客観的に見て優れた成果をあげているとは言い難い。

 「箱根駅伝に出場した選手が大成しない」とされる理由を、陸上界の関係者に取材した。「3つあるかと推測されます。1つ目は、“燃え尽き症候群”です。大学の4年間をひたすら箱根駅伝を目指して自分のためそして所属大学のために全精力を注ぐ。箱根駅伝にピークを毎年持っていくのです。4年間箱根駅伝を最大の目標に置いたことで、“やりきった、やり遂げた”という達成感で、次の目標を定めることができず、社会人チームに進んでも伸びないでそのまま競技生活を終えてしまうこと。2つ目は、マネジメントの差でしょう。箱根駅伝の常連大学では、自主性よりもトレーニング、コンディショニングなど選手を完全に管理下に置くことが多いです。一方で、社会人になるとある程度のマネジメントはなされますが、自己管理の比重が高まります。そのギャップに悩んで成長が停滞するケースです。最後は、コーチングです。これは、駅伝含めた長距離だけではないのですが、日本陸上界は海外のコーチを招聘してフルタイムで現場を一任することは、皆無に等しいのです。選手やコーチが、海外に行って“武者修行”を行い海外のコーチングに触れることはありますが、それはスポット的なことです。なぜ海外のコーチを招くことをやらないのかはわかりませんが、推測されるに“日本のコーチングがどこよりも優れている”という志向が現在も根強いかと思われます。しかし現実には、マラソンは男女とも、完全に世界レベルから引き離されております」と述べた。

 「箱根駅伝で優れた成果を残しさえすれば、それで良い!」という関係者も存在するという。だが、「あの能力を、オリンピックや世界陸上で活躍できる選手に成長させるための仕組みを作るべきでは」という意見もある。“箱根”含めた駅伝とマラソンを含む長距離競技のトレーニングは、「全く異なります」(前出陸上関係者)というので、駅伝を志す選手とマラソンや10,000mなどを目標に置きたい選手の育成を分けるときがきたのではないかと思われる。オリンピックや世界陸上だけが目標ではない選手も存在するのは確かで、正解はない。しかし、可能性のある高い能力を有している選手は、できるだけ高いステージを目指すことが自然の流れであろう。今回引退した柏原選手の本当の気持ちは本人のみ知ることであるが、あの箱根駅伝での走りを見ると、高い能力を有していたことは陸上の素人でもわかる。日本陸上界は、特にマラソンの強化・育成について岐路に立っているといえよう。

【河原 清明】

 

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