2024年05月14日( 火 )

ひとり親家庭のリアル~母子家庭・T子さんの場合

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 通信キャリアX社が福岡市内に置くある事業所では、20代を中心に100人以上の若者たちが真剣な表情でディスプレイに向かう。デスクの間を忙しそうに歩きまわっているのは、キャリア5年目のT子さん。数十人の部下を束ねる経験豊富なリーダーだ。南九州の地方都市で生まれ育ち、福岡に来て6年目、今年32歳になった。女優の米倉涼子さんに似た気の強そうな顔つきがそう感じさせるのか、姉御肌の頼れる先輩として公私問わずさまざまな相談事が持ち込まれる。

 部下たちは知る由もないが、T子さんのこれまでの人生はジェットコースターのような起伏に富んでいる。母親の顔は知らずに祖母に育てられ、父親の再婚相手とはまったくそりが合わないまま、「名前を書けば入れる」(T子さん)高校に入学。高校では小学校から続けてきたバレーボールに一区切りつけて、それまでのスポ根生活から逃げ出すように「ヤンキー」の世界にどっぷりとはまった。

 高校2年の時に一目ぼれした12歳上の男性と、卒業後すぐに結婚。無口だが、よくドライブに連れていってくれる男性との生活は、結婚3年目に男の子を授かったころが幸せの絶頂だった。夫が、仕事中の事故で右腕を大けがしたころから、歯車が少しずつズレ始める。日中家にいることが増えるとパチンコ店に入り浸るようになり、ギャンブルと飲酒に休業手当をつぎ込むようになった。生活費を入れるよう頼むといきなり殴られ、しだいに理由もなく殴られる日々が続くようになった。
 身長180cmを超える大柄な夫の暴力で体中あざだらけになり、骨折で何度も入退院を繰り返すようになったある日、夫が1歳の子どもを蹴飛ばしたことで「気持ちが切れた」(T子さん)。
 子どもを連れて実家に戻り、連れ戻しにきた夫から逃げるようにシェルターに入所。支援団体の手を借りながら県内を点々とし、泥沼の離婚訴訟の末にやっと離婚が成立。それでもしつこく追いかけてくる夫から逃げるために、初めて県外に出て福岡市の土を踏んだ。
 市内の母子寮に入寮すると、仕事を掛け持ちして生活費を貯めた。さらに生活を安定させるために子どもをいったん実家に預け、仕事を3つ掛け持ちして元夫が消費者金融から借りた約1,000万円の借金を完済。体重が20キロ近く落ちたが、「子どもと一緒に暮らす」目的を実現するために、寝る時間を削って働き続けた。

 さまざまな人の助けを得て現在の仕事に正社員として就職すると、やっと子どもを呼び寄せることができた。そして仕事を軸とした生活がT子さんの人生に別の彩を与え始める。本人の明るい人柄と能力の高さから営業関連の社内賞を何度も受賞、大卒の同僚を追い越して責任ある仕事を任されるようになったのだ。管理部門に移ってからは東京研修も増え、部署全体の業績に気を配る毎日だ。

 中学生になった息子と2人で福岡市内のマンションで暮らすT子さんが、福岡市のひとり親家庭支援事業のなかで最も「助かっている」と感じているのは医療費助成制度だ。子どもと親について、1つの医療機関につき原則月800円で何度でも通院することができる。薬代もかからないため、いざというときの安心感ははかりしれない。就学援助についても、中学では修学旅行にかかる費用相当が支給(もしくは一部支給)されるなど、予想以上に手厚い支援に感謝している(※保護者の収入による)。

 「すべて税金でまかなわれているので、もっと働いてたくさん税金を納めようという気になります。自分たち以上に困っている母子家庭は多いので、助ける側にもまわりたいんです」(T子さん)

 T子さんの元夫はいま、すでに別の家庭を持ち3人の子どもとともに暮らしているという。しかしT子さんが代わりに返済した借金や慰謝料など、いっさい払おうとしていない。それでもT子さんは、「もう振り返りたくない」と、気にとめない。T子さんの壮絶な過去を知りながらも、「結婚したい」と申し出る男性も何人かいるが、「いまは子どもが1番、仕事が2番。男はまだいい」と、顔をくしゃくしゃにして笑い飛ばした。

 

 

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