壊憲連立樹立に向かう悪夢

政治経済学者 植草一秀

 『自滅の刃(やいば)-無限ループ編-』が公開され初週末興行収入記録を塗り替えた。自民党が自滅ループで突き抜けた参院選だった。

 裏金金権腐敗事件、選挙買収2万円給付、そして極めつけは「運がいいことに能登で地震があった」発言。税収が激増しているため、自然増収分を国民に還元しなければ財政活動が景気に急ブレーキになる。ところが、減税を全否定。これでは人心は離れるばかり。石破氏は、首相になる前は自民党において党内野党の役割を果たしたから国民の受けが悪くなかった。ところが、自民党総裁=首相になってからは保身まっしぐら。

 今回参院選で争う125議席のうち自公で50議席獲得を勝敗ラインに定めた。低すぎる勝敗ライン。自公の非改選議席は75。参院過半数は125だから、非改選75に対して新たに自公が50議席を獲得すれば参院過半数を維持できる。しかし、仮に獲得議席が50の場合、3年後の参院選では自公で75議席獲得しなければ参院過半数を維持できない。目標としてあり得ない低いハードルを設定した。

 このハードルをクリアできなければ責任問題に発展するのは自明。ところが、自公過半数割れの見通しが濃厚になるなかで石破首相は首相続投の意向を表明。政治家の出処進退は自分自身で決めるもの。勝敗ラインを低すぎる自公で50と定めたのであるから、これを割り込めば引責辞任は免れない。続投を表明しても異論が噴出し、首相辞任に追い込まれることは明白だ。引き際の美学を示せないことはあまりにも(鬼舞辻)無惨。

 自公は衆参両院で過半数割れとなり、政権基盤は極めて弱くなる。野党が連携すれば内閣不信任案を可決することが可能。また、参院では国務大臣に対する問責決議案を可決できる。連立政権を組み換えなければ政権を安定的に運営できない。

 今後の政権のかたちについては次の四つのケースを想定できる。
1.自公少数与党
2.自公プラスゆ党
3.ゆ党連立政権
4.自公立大連立
3のゆ党連立内閣には共産、れいわ、社民の野党は加わらない。

 だが、立民、国民、維新、参政、保守、NHKの連立内閣は想定し難い。船頭多くして船山に登ることになる。自公の少数与党が継続され、個別事案ごとに野党がパーシャル連合を形成する可能性はある。しかし、少数与党ではいつでも政権運営は行き詰まるから、長期間にわたり少数与党が継続される可能性は低い。

 消去法で残るのは、2の「自公プラスゆ党」の連立か、4の「自公立大連立」。ゆ党には、国民、参政、維新、保守、NHKなどがある。どの勢力も本音は与党入りして利権獲得を目指したい。しかし、次の総選挙への悪影響を懸念する。

 立民も本音は大連立で与党入りしたい。しかし、これも次の総選挙への悪影響を懸念する。結局、国民、維新、参政のいずれかまたは複数党が連立政権に加わる選択を示すことになるのではないか。ただし、参政は衆院勢力が小さいため、連立に加わっても衆院過半数を形成できないから、参政単独での連立入りは想定しにくい。自公は維新か国民との連立を指向する可能性が高い。他方、財務省は自公と立民による大連立を成立させて消費税増税に誘導する考えを有していると見られる。

 参院選後、日本政治は流動化局面を迎える。今回参院選は応仁の乱。今回参院選を契機に政局流動化=政局戦国時代を迎えることになる。政治の不安定化は避けられない。

 選挙結果の特徴は自公退潮、参政・国民伸長である。立民は微増。選挙区選挙でも次点に国民や参政が多い。革新系野党は伸び悩んだ。投票率は57.91%前後と見られ、22年参院選の52.05%を約6%ポイントも上回った。

 石破首相は投票率が下がりやすい日程を選んだが、これに国民が反発した。58%の投票率が確保された。投票率が上昇すれば組織票依存度の高い自公に不利になる。自公に有利にするために7月20日を投票日に選択したが、国民が反発して投票所に足を運んだ。

 しかし、革新系野党は伸び悩んだ。二つの背景がある。第一は国民の右傾化。参政は「極右」に近い。国民民主は完全な「ゆ党」。投票率を高めた有権者の多くが国民、参政、保守に投票したと見られる。革新系野党は共産、れいわ、社民に分立しており、敬遠された。第二の背景がここにある。革新系野党の分立。基本政策が類似しているのに別の政党でやっている。しかも、他党を攻撃する政党もある。これでは力にならない。

 「小異を残して大同につく」柔軟さがなければ成長は難しい。参政と国民が伸長した基本背景はマーケットインのマーケティング手法が重視された点にある。有権者の関心を調査し、その関心に向けた政策をアピールしてきた。参政の場合は、ワクチン、オーガニックで支持を広げる戦術が採用された。また、国民生活が窮乏している現実を踏まえて、「積極財政」と「日本人優遇」をアピールした。

 全体の整合性は取れないが、人気を得られる政策を並べて客寄せした。国民も同じ。若い世代を中心に「手取りを増やす」とアピールしたことが支持獲得をもたらした。国民の場合、アピールと成果はまったく結びついていない。「手取りを増やす政策」はまったく実現していない。それでも支持を伸ばしたのはメディアが全面支援したからだ。

 背後にCIAが存在する。CIAの育成対象勢力は巨大資本メディアの全面支援を受けられる。これで国民と参政が伸長したと言ってよいだろう。巨大資本がメディアを動員すると政局の流れを支配できる。その延長線上に浮上する最大リスクは憲法改変だ。憲法改変を軸に「大連立」が模索される可能性がある。

 改憲=壊憲の目的は、自衛隊を国防軍に置き換え、米国が創作する戦争に日本を組み込むこと。「壊憲内閣」が樹立されるリスクが急激に高まると予想される。軍事費が激増し、その財源を調達するために消費税増税が提示される可能性もある。日本政治は危険な領域に足を踏み入れた。革新野党勢力は勢力争いをやめて統合した新党結成を検討するべきだ。


<プロフィール>
植草一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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