2024年04月29日( 月 )

中小企業は日本経済社会のエンジンである!(4)

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明星大学経済学部教授・一橋大学名誉教授 関 満博 氏

無理なく、将来へと希望をつなぐこと

 ――第3者が承継していく場合についてはどうでしょうか。昨年12月には「事業承継税制」が改正になり「勃興する承継マーケット」などという記事さえ雑誌に載るようになっています。

明星大学経済学部教授・一橋大学名誉教授 関 満博 氏

 関 家族や親族に適任者がいない場合、第三者承継が不可避になります。非親族の経営陣に渡すMBO(Management Buyout)、従業員に譲渡するEBO(Employee Buyout)、まったく関わりのなかった人に会社を譲渡するM&Aなどがあります。ただし、いずれの場合も、関係者(株主、創業家、経営幹部、従業員)に心理的な負担をもたらすことは避けられません。とくに、カリスマ的な経営者が交替する場合は社内に不安が募ります。

 また、EBOが好ましいと考えた場合でも、資産が大きく(1億円を超えるなど)、業績も好調で株価が高くなっていれば、従業員などが個人で引き受けられるレベルを超えてしまいます。場合によっては、金融機関などの第3者機関が介在し、初期の負担を和らげ、段階的に譲渡していく仕組みを形成していくことも必要です。事業承継が大きな課題になってきた現在、無理なく、将来へと希望をつなぐ方法を探ることが重要です。

 昨年12月の「事業承継税制」改正は方向性としては好ましいものと思っています。後継者の贈与・相続税の全額猶予や承継後の雇用要件緩和などが盛り込まれ、スムーズな承継が可能になりつつあります。しかし、承継について本当にしっかり考えている企業はすでに手続きを着々と進めているので、メディアが大騒ぎするほどの影響はないと思います。むしろ、「M&Aの買い手や仲介業者にとって千載一隅のチャンス」と言われていますので、準備を進めてこなかった企業が浮足立って、整理屋や倒産屋にほんろうされ、誤った経営判断をしないかと心配しています。

多元連立方程式が横たわっている時代

 ――先生は、承継が叶ったとしても、これからの経営者は「多元連立方程式」を解かなければいけないと言われています。この点について分かりやすく教えていただけますか。

 関 1つ前の時代の目標はアメリカで、経営者は必死に汗をかき、そこを目指しました。戦後の高度成長期を通じて、日本の中小企業の関心はもっぱら対米輸出であり、中小企業の経営者は、視線をアメリカに集中し、必死にモノづくりに励んでいきました。体に汗する量、つまりは働いた時間がパラメーターの「一元一次方程式」の時代だったといえます。

 しかし、1985年のプラザ合意を経て1992年のバブル経済崩壊以降、置かれている条件は根本的に変わりました。対外的にはアメリカの重要性が依然として高いものの、それまでは考える必要もなかった「中国・アジア」の存在が大きくなりました。また、近年は老人の貧困や非正規労働の広がりによる若者の貧困が話題となっているとはいえ、全般的には豊かになり、人口減少と高齢化が進んでいます。「高齢で、豊か」なことが新たな条件になりました。この2つの国内外の基本的な変化に加え、さらに「IT」対応と「環境」への配慮もしっかりしなければいけないことになっています。

 すなわち、新しい時代には、「中国・アジア」「高齢で、豊か」「IT」「環境」という少なくとも4つの要素からなる「多元連立方程式」が横たわっています。しかも、先の一元一次方程式の時代と異なり、新たな時代は方程式を自ら組み立て、その答えを探る必要があります。問題の解決ばかりではなく、むしろ問題発見能力が問われています。「脳みそに汗をかく必要がある」時代が到来したといえます。問題発見能力の基礎の1つは時代認識いわば「歴史観」というべきものであり、もう1つは現場認識すなわち「現場からの発想」ということになります。

改めて中小企業の意義が問われている

 ――先生はこの3月で大学を定年で退官されると聞きました。45年を1つの区切りとして、全国の中小企業経営者に今一番伝えたいことは何ですか。

 関 今、時代は大きな転換期にあります。この流れは90年代から始まっているのですが、ここに来てまた急速に変化しました。どんどん社会は新しい枠組みに変わっていきます。中小企業経営者の皆さんは、自分の目でしっかりその流れを読んでほしいと思います。そのうえで、新たな時代の方向を敏感に受け止め、自身を変えていく努力が必要です。

 中小企業は、経済社会を切り開き、課題に向かっていく担い手であり、社会のエンジンともいうべき存在です。また、人々を幸せにする財やサービスを生み出し、雇用の場を広げ、暮らしを支える担い手でもあります。そのような中小企業が各所に大量に生まれ、さらに円滑に事業が承継され、切磋琢磨(せっさたくま)することにより、経済社会が豊かになることが今の日本に求められています。起業が停滞し、事業承継が難しくなっている現在、改めて中小企業の意義が問われているのです。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
関 満博(せき・みつひろ)
1948年富山県生まれ。成城大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。東京都商工指導所、専修大学助教授、一橋大学教授などを経て、明星大学経済学部教授(2018年3月に退官)・一橋大学名誉教授。経済学博士。
著書は、『中山間地域の「買い物弱者」を支える』(新評論、2015年)、『東日本大震災と地域産業復興』Ⅰ~Ⅴ(新評論)、『「地方創生」時代の中小都市の挑戦』(新評論、2017年)、『北海道/地域産業と中小企業の未来』(新評論、2017年)、『日本の中小企業 少子高齢化時代の起業・経営・承継』(中公新書、2017年)など130冊におよぶ。授賞歴として第9回(1984年)中小企業研究奨励賞特賞(『地域経済と地場産業』)、第34回(1994年)エコノミスト賞(『フルセット型産業構造を超えて』)、第19回(1997年)サントリー学芸賞(『空洞化を超えて』)など がある。

 
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