2024年05月04日( 土 )

大手からの独立~強い個人として生き抜く2人

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 (株)アトリエ・ツイン一級建築士事務所の主宰を務める一級建築士、恒川光二氏と福岡県下を中心に、優良物件の提供を通じて不動産オーナーと顧客を結ぶ(株)エステートプラン代表の岩原正法氏という大手企業から独立し、自ら事業主になることを決断した2人の経営者に話を聞く機会があった。
 大手で働くとはどういうことなのか、そして、安定に身を任せず自力で道を切り開いた背景とは――。

スーパーゼネコンで経験を積む

 アトリエ・ツイン主宰の恒川光二氏は、スーパーゼネコン清水建設(株)を始め、大手ゼネコンで建築設計の経験を積み、ハウステンボスの「ホテルヨーロッパ」などの実績がある。

アトリエ・ツインが設計を手がけた、『ホテルグランドルチェ博多』建設現場

 恒川 当時、清水建設では福利厚生の一環として、本社に社員専用の理髪店がありました。支店にも、指定店というかたちで社員向けに理髪店が用意されていたんですよ。さすがだなと舌を巻く一方、配属された私に与えられたのは図面を作成するために必要な最低限度の装備、T定規と鉛筆ぐらいでした。これには驚かされました。

 岩原 福利厚生の充実具合からすると、信じられませんね。

 恒川 必要なものは各々自前でそろえていました。厳しい環境だったのかもしれませんが、そこで教わるのは日本最高峰の技術ですから、身を置けたのは非常にありがたいことだったと思います。実際、清水建設を退職し、準大手ゼネコンに転職した際に私が同僚と話をしていて感じたのは、『こうも話が通じないものなのか』ということでした。つまり、私が教わった水準の技術や仕事が、まったく理解してもらえないのです。大手と準大手でも、これだけ差があるのかと愕然としました。

 岩原 「リニア談合」が話題になっていますが、技術に焦点を当てれば、いわゆるスーパーゼネコンと呼ばれる大手以外に、一体どこが請け負えるのかという問題に直面します。

 恒川 技術を学び、取得する社員たちも、東大や早稲田の院卒ばかり。優秀な人材たちに囲まれて仕事をするなかで、自然と同じレベルまで引き上げられていきます。こうした職場環境を整えられるのも、大手の強みといえます。

 岩原 大手、準大手と、良い環境で経験を積まれる中で、なぜ独立しようと思われたのですか。

 恒川 清水建設を退職後、準大手ゼネコンに転職したのですが、疲労から身体的に限界を感じるようになり、独立を意識するようになっていました。とはいえ、私は結婚し、子どももまだ小さかったので、踏み切ることができずにいたんです。そんな折、立て続けに仕事を任せてもらう機会があり、それらの仕事を通じて私は顧客との間で信頼関係を築き上げ、個人としての受注基盤をつくり上げることができました。この時の顧客とは今でもお付き合いさせてもらっています。この縁をくれた会社には、本当に感謝しています。

300年以上の歴史をもつ老舗で働く

 (株)エステートプラン代表の岩原正法氏は、大阪に本社を置く、いわゆる「在阪ゼネコン」の一角、(株)銭高組から独立し、現在に至る。

 恒川 これまでも九州で仕事をされてきたのでしょうか?

 岩原 銭高組在職時は、大阪、広島、島根、鳥取、そして福岡への転勤を経験しました。福岡で独立してから13年目です。

 恒川 おいくつで独立されたのですか?

 岩原 55歳で定年を選択し、独立しました。当時は選択定年制があり、45歳で定年という選択肢もありましたので、早すぎるというわけではありません。私は営業として会社に貢献してきたつもりでしたが、業績が落ち込んでいた時期でもあり、ボーナスの支給額も決して満足のいくものではありませんでした。自分の手がけた仕事の成果と照らし合わせてみて、『とてもじゃないが納得できない』と判断し、独立を決意しました。お世話になった顧客も少なくありませんでしたので、引き継ぎには相応の時間を要しました。

 恒川 担当する顧客が多いほど、すんなり独立というわけにはいきませんよね。

 岩原 正直、当初は50歳で独立しようと考えていました。退職する前に数十億円規模の案件を複数件取りまとめ、私なりにお世話になった会社に感謝を示したつもりです。


 それぞれの思い、事情を背負い、大手から巣立った2人。事業主となった今、独立という決断に後悔はないのだろうか。


 恒川 仕事の段取りを1から10まで自分で手がけられることに、やりがいを感じています。サラリーマン時代に比べ、安定からは遠ざかったのでしょうが、日々充実しています。

 岩原 定年を決めるのは自分自身。やり残したことがないように、まだまだ現役で働き続けますよ。


 社会に踏み出す若者たちの間では大手志向が続いている。しかし、世界規模で競争が繰り広げられる中、入社した企業がいつまでも待遇の良い大手であり続けられるわけではない。大手でしかできない経験、学べないスキルを武器に、強い個人として自己研鑽を積むことが大切なのだ。

【代 源太朗】

 

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