2024年04月29日( 月 )

光を当てるだけで防汚・殺菌・抗カビが実現、汎用性の高い『夢』の光触媒材料開発(後)

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(国)九州工業大学 理事・副学長 横野 照尚 氏

屋外から室内へ、用途拡大への挑戦

▲(国)九州工業大学 横野 照尚 理事・副学長

 こうした防汚・殺菌などの優れた性能を発揮する酸化チタン光触媒だが、いくつかの大きな課題も抱えていた。

 「当時の酸化チタン光触媒の一番の問題点は、性能を発揮するためには紫外線を必要とする点でした。ご存知のように太陽光は、いわゆる虹の7色『赤橙黄緑青藍紫』に大まかに分かれ、紫の方に行くほど強いエネルギーをもっており、紫外線は紫よりさらに強いエネルギーをもった不可視光線です。それまでの光触媒は、屋外で用いる分には問題ありませんが、問題は屋内です。用途範囲を広げていくために必要だったのは、まずは室内の可視光でも性能を発揮する酸化チタンをつくること。もう1つは、これまでは光触媒の表面で酸化と還元の両方の反応が同時に起こるため、なかなか性能が上がらず、反応する場所を分離する必要がありました。こうした課題を解決するべく、研究開発を進めていきました」(横野氏)。

 室内の光で反応するとともに、少ない光量でも効果を発揮するために反応の効率を極限まで上げること、さらにはその光触媒材料を塗布するにあたって、性能を維持できる塗料が必要―この3つの課題に対して、横野氏は研究開発を重ねていった。まずは酸化チタンを原料にして、室内の可視光を吸収できるさまざまな方法を研究。最終的に、酸化チタンのチタン原子の数%を硫黄原子に入れ替えることで、この課題を解決した。次に取り組んだのは、光触媒のなかで反応する場所を分離するための研究。この点については形状を制御する技術を開発し、通常だと丸い粒子を角形へと成形することで解決へと至る。こうして材料面の2つの課題はクリアできたが、このままだと製品化の際には、材料を直接対象物に打ち込む「溶射」という方法を用いるしかなかった。この溶射は高い性能を発揮する半面、コスト面も高くなってしまうという新たな問題を抱えていたが、それを解決して汎用性を上げるために開発されたのが、高機能内装用コーティング剤「ピュアコートV」だった。同塗料は、九工大・横野研究室のほか、防カビ施工やコーティング剤の研究開発を行っている(株)ミルテックジャパン(福岡市南区、小橋洋治代表)などによる共同開発で生まれたもの。「ナフィオン」という特殊なフッ素樹脂を用いた塗料となったことで、抗菌や抗カビなどの高い性能を維持しつつも、用途範囲を劇的に広げることに成功。現在、同塗料は食品工場の大型冷蔵庫や植物工場、学校や病院、老健施設のほか、ロータリーシェーバーや事務機器など、さまざまな場面で重宝されている。

光触媒技術を用いたさまざまなシステム開発

 こうして、これまでに抱えていたさまざまな課題を解決して生まれた「ピュアコートV」だが、これですべての課題が解決されたわけではない。たとえば、その高い性能が逆に仇となることもある。というのも、少量で高い性能を発揮するうえ無機素材で劣化が起こらないため、メーカー側にとっては、いわゆる“おいしくない”製品となってしまう。そのため、新たな市場や用途の開拓・開発は、今後の課題だ。

 「ご存知のように、日本は資源に乏しい国ですが、私どもが手がけているような光エネルギーを使ったさまざまな分野の研究開発には、高い将来性を感じています。そうしたなかで、私たちがこれから進めていこうとしているのは、1つは環境を浄化できるような材料や製品の開発と、もう1つは光触媒技術を使ったCO2から有用な材料を生産するシステムなどの開発です。通常の化学製品の製造過程では、必ず熱や圧力、さらには試薬などを必要としますが、光触媒の技術を使えば、そうしたものを必要としない生産システムの構築も可能です。今後はこうした光エネルギーを使用した、さまざまなシステムの開発にも取り組んでいきたいと思います」(横野氏)。

 現在、光エネルギーの利用方法としては、太陽光発電が一番よく知られているが、横野氏が手がけている光触媒の技術を用いれば、その利用の幅はさらに広がっていくだろう。光を用いたクリーンな技術の可能性のさらなる拡大に、期待していきたい。

(了)
【坂田 憲治】

(前)

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