2024年03月29日( 金 )

【斎藤貴男氏寄稿】「人でなし」のイデオロギー・新自由主義 蘇る、社会ダーウィニズムの悪夢(4)

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ジャーナリスト 斎藤 貴男 氏

あらわになった、戦争待望論

 一方、いわゆるモリ・カケ事件。これもまた新自由主義がもたらした悪夢にほかならない。

 低次元も極まりない騒動の細部は、改めて繰り返すまでもないだろう。概略だけを述べておけば、“モリ”は大阪府による私立小学校設置認可基準の緩和を受けた学校法人森友学園が、首相夫人の口利きで豊中市の国有地を相場の十数分の一の価格で払い下げてもらった疑惑が発覚し、その事実関係を隠蔽するために、公文書の改ざんが繰り返されている事件。“カケ”は国家戦略特区に指定された愛媛県今治市に、学校法人加計学園が、傘下にある岡山理科大学の獣医学部を新設しようと、アベ首相の口利きを得て工作したことへの疑惑がやはり発覚。にもかかわらず、関係者一同が口裏を合わせて、あたかも正当な競争の結果であったかのように見せかけている事件のことである。

 市場原理、競争原理が強調される新自由主義とは裏腹の、旧態依然とした縁故主義(ネポティズム)そのものではないかと受け止めている読者もおられるかもしれない。だが、それは違う。

 国家戦略特区とは、新自由主義のさらなる増殖を目指してアベ政権が進めている“国策”だ。すぐには難しい分野の規制緩和を、特定の地域を指定し、先行させて、全国に拡げる突破口としていく。権力による既成事実づくりと断じて差し支えない。新潟県と兵庫県養父市で14年に一般企業の農地取得が認められた事例などが好例だ。

 特区を指定するのが政府である以上、そこに参入を目指す事業者と権力との距離が強く影響しやすいのは、人間社会の常ではないか。縁故主義が蔓延するのは自然の成り行きだ。加計学園のケースは典型だし、特区ではない森友の場合も、アベ首相の“思想”に同調し、当初は「安倍晋三記念小学校」の校名案まで提示した理事長の要請を大阪府が容れたがゆえの、私立小学校設置認可基準緩和が発端だった。

 新自由主義が絶対視する“競争力”とは、こうした権力との近さ―すなわちコネも込みでのことなのだ。スタートラインの差はアプローチの善悪を問わない。最低限の知性を備えていない政権の辞書に、反則とか嗜み、恥といった言葉は存在しないのである。

 前出の宮内義彦氏が、新自由主義的構造改革のインサイダーであると同時に、政商になり果せたのはこのためだ。中谷巌氏は耐えられなかったが、彼とともに新自由主義を喧伝し続け、小泉政権では経済財政担当相や総務相も務めた竹中平蔵氏(慶應義塾大学教授)はその立場をいささかも改めることなく、それどころか構造改革で最も恩恵を受けた労働者派遣業の最大手・パソナグループの会長にさえ就任して、今日に至っている。

 プレイヤーが審判もやっている。もっといえば、泥棒が警察官を兼務している。株式市場では犯罪になるインサイダー取引と何がどう違うのか。これが日本の現実である。

 新自由主義の世の中は、「ウィナー・テイクス・オール」(勝者総取り)の社会だといわれる。あまりといえばあまりに拡がった格差に苦しむアメリカの若者たちは、11年9月にニューヨークのウォール街で大規模デモを展開した際、“We are the 99%”のスローガンを掲げた。全人口のわずか1%に過ぎない富裕層が、産み出されてくる富の99%を支配し、残り1%を99%の人々が分捕り合っている、などと評されるアメリカ社会の、あれが実態だ。

 日本も何も変わらない。“一億総中流”などという自己認識は、はるかに遠い昔話だ。今や99%からの収奪を重ねる1%と、所詮はその他大勢でしかないのに1%の仲間だと勘違いした、または1%に取り入ることで収奪する側に回ろうとする人々が、信じられないような暴言や妄言を繰り返す。

▲仏頂面がトレードマークの麻生太郎氏

 麻生太郎氏(副首相兼財務相)は語っている。財務事務次官が担当記者に対するセクハラで職を追われても、「セクハラ罪という罪はない」。だから悪くないのに、という居直りが、ここには込められている。

 医療費の負担について、「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。無性に腹が立つ。病院に通わずに医療費がかからなかった高齢者に対して『10万円をあげる』と言ったら、(全体の)医療費は下がる。それが最もカネがかからない方法だ」(13年4月)。

 “生活習慣病”なる官製の侮蔑語で呼び習わされている2型糖尿病は、実は遺伝による要因が3~7割を占めている。安易な自己責任論ですべてを割り切ることができるなら、大相撲の力士は全員が糖尿病に罹らなければおかしい道理だが、その程度の常識さえも、この人にはわからない。それだけでなく、発言の全体から滲み出てくる、信じられないほどの品性下劣な人間性はどうだ。

 憲法改正の問題について、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」(13年7月)。麻生氏のナチズムへの憧憬は半端でなく、4年後にもこんなことを話している。「(政治は)結果が大事だ。何百万人殺したヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくても駄目だ」(17年8月)。

 この男に言わせると、ユダヤ人のガス室送りも障がい者の安楽死政策も、正しい動機に基づいていたことになる。

 消費税増税について意見を聞くとの触れ込みで、首相官邸に招いたノーベル経済学賞の受賞者、ポール・クルーグマン氏に1929年の「大恐慌」後のアメリカ経済について説いてみせ、「(米国の)難問を解決したものは何だったか? 戦争です! 第二次世界大戦が、米国にとっての解決になりました。デフレマインドにとらわれた日本の経営者も、考え方を切り替えて設備投資を始めるべきだ。私たちはトリガーを求めている」(13年3月)。

 不況になったら戦争を仕掛けて、手っ取り早く儲けたらいい。麻生氏のしたり顔に露わな恐るべき本音は、ほかならぬクルーグマン氏によって明るみに出されている。にもかかわらず、この国のマスメディアは、ほとんど報道しなかった。

(つづく)

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