2024年04月26日( 金 )

宮川選手のパワハラ問題から考察~第三者委員会効果論

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青沼隆郎の法律講座 第9回

まえがき
 前講では本件第三者委員会の設置の違法を論説した。前講で指摘したように、理事会が業務執行のための諮問や参考とするため、個別の事件の調査や法的問題について専門家の意見を求めることそれ自体は理事会の自治権(業務執行権)の範囲の行為として認められる。しかし、それは処分行為に関しては処分前の行為として認められるもので、処分後に当該処分の是非を巡って諮問するということ自体、有り得ない話である。登録選手の理事によるパワハラ行為の訴えについては、前講で指摘したとおり、理事の不正行為の糾弾は理事会の本来的業務であり、監事の本来的業務である。その基本的な権利(具体的には事実認定権であり、処分決定権)及び義務を第三者に委任することは法令で禁止された違法行為である。結局、本件第三者委員会の設置は違法と認定する他ないというのが前講の結論であった。
 世間の人々はまさか違法な第三者委員会の設置を弁護士集団が受任する筈もないと思っているから、第三者委員会設置違法論には俄かに賛同できず、ひいて理解困難であろう。
 そこで、違法設置の論理的帰結ともいえる、効果論における破綻を以下に示す。

本論

1.第三者委員会の審理・審査対象と審査・捜査権限の問題
 第三者委員会は理事会から委嘱された課題についてのみ審査権があるのか、それとも第三者委員会が独自に必要と考えた一切の事項について審理・審査ができるのか。特に関係者にたいする聴聞調査権に強制力はあるのか。当事者・関係者の弁解権や権利保護の担保は十全か、という問題である。

2.審査結果の法的効力の問題
 第三者委員会の出した結論に対して、理事会や当事者・関係者は拘束されるのか。拘束されるとして、その法的根拠は何か。不服の場合の異議申立方法は如何。その法的根拠は何か。
 以上の、公正な法治国家の紛争解決手続きとして致命的な法的瑕疵が明白に存在する。

3.担当弁護士の無知
 国民は一般に公益財団法に定める理事会や理事の不正業務・不正行為の法的処理手続規定を知らない。理事や監事に就任する人々とてその例外ではない。しかし、弁護士まで無知であることは本当に困ったものである。宮川選手や速見コーチの受任弁護士は第三者委員会の人的構成・人選が公正でないと異義を申立てた。これは本当に見当違いの不服申立てである。
 審判員(裁判官)が裁決・判決を出す前に「不公正」(のおそれ)を理由に除斥・忌避されることは極めて限られている。いかにも不公正をやりそうな人でも、不公正な裁決・判決を出すとは限らない。不公正か否かは裁決・判決が出された後、具体的な内容についてのみ争うことが正しい。少なくとも、裁定・判決が不公正となることを推測予想させるような具体的行為が先行的に存在することが必要である。このようなほぼ無意味な異義申立をするくらいなら、第三者委員会の設置そのものの違法を糾弾してほしいものである。

 さて、第三者委員会受任側の弁護士も公益財団法上のコンプライアンス保持制度を知らないのであろうか。可能性としては知らないともいえるが、知って受任している可能性が大と言える。
 それは、団体法のもう一方の典型である営利法人の典型である会社法については確実に専門知識に欠けることはない。平成18年の会社法大改正により、監査制度が徹底的に強化され、企業のコンプライアンス問題は法律家なら誰でも強く認識した。
 団体の業務執行において監査制度の必要性・重要性はもはや法律家の常識ですらある。公益財団法人は営利私法人よりさらに一層業務執行においてコンプライアンスが求められることは、もはや多言を要しない。当然、監査制度、すなわち監事の存在は知っている。それにも拘わらず、第三者委員会の委員を受任することは、明かに、国民を馬鹿にした受任行為との非難に値する。

閑話休題

 監事にはそれ相応の報酬が支給される。本来監事がなすべき調査と監督官庁への報告を何もしないまま、監事は報酬を受け取り、一方で、当然ながら、第三者委員会の委員を受任した弁護士達もそれ相応の報酬を受ける。無論、出費は法人の負担である。この出費は内容と結果によっては壮大な無駄となる可能性が大であることは、前述したとおり、第三者委員会の結論には何らの法的拘束力もなく、また場合によっては必要な監督官庁への報告義務もない。全く無駄な出費になる可能性がある。
 公益財団法人の監事にも会計監査監事と業務監査監事の2名が任命されることが通常である。業務監査監事の任務懈怠を結果する第三者委員会の設置と受任弁護士達への委嘱料の支出を会計監査監事が正当な支出行為と認定するなら、もはや何をかいわんやである。

 営利企業のコンプライアンス問題の厳しさを体験した重量挙げ協会の常務理事により3年前の現理事長によるパワハラ問題が公にされた。人によっては3年も前の話を持ち出すなどとの非難もある。ただ、速見コーチの殴打画像が3年前の「本人の知らない間に撮影された」ものであっても、誰も「3年前」には疑義を差し挟んでいないこととは対照的である。
事件を公表した常務理事は公益財団法人たるスポーツ団体のあまりにもコンプライアンスのなさに、今般の宮川選手の勇気ある告発を無駄にしないためにもとその動機を述べた。
 国民は、公益財団法の内容をしっかり理解し、スポーツ団体のあるべき姿、公金が助成されるに値する団体の姿を求めるべきである。

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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