2024年04月16日( 火 )

貴乃花親方辞職事件の真実(4)

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青沼隆郎の法律講座 第16回

不都合な真実

 日馬富士暴行事件に始まり、貴乃花親方辞職事件にまで達した一連の相撲協会の不祥事は国民にとって、大変貴重な法律事件の学習の機会を与えた。残念ながら、この学習機会を必死に隠蔽しようとする勢力による事件の本質隠蔽のための印象操作、誤誘導も甚だしく、結局、国民は「何かよくわからない」状況におかれているのが現実である。
 そんな中、隠されていた不都合な真実の1つが白日に曝されたのが、日馬富士による暴行傷害による貴ノ岩への賠償問題である。本来、単純な不法行為事件は、当事者に事件事実そのものに争いがなければ、とうの昔に解決している。しかし、ご存知のように暴行事件の真実は隠蔽されたままである。これが示談交渉の成立しない根本の理由である。

 そんな状況において、再び、デタラメ報道が始まった。これはすでに指摘したように報道者・ジャーナリストがきちんとした視座をもたないことが1つの要因である。
 報道では、貴ノ岩の請求金額は3,000万円であり、日馬富士の代理人弁護士は「法外な金額」としてこれを拒否し、訴訟になる可能性があると報道した。その「法外」の原因は、師匠貴乃花親方の意向が反映されているとする。その理由は、もともと貴ノ岩は同郷の先輩力士の日馬富士を「アニキ」と慕っていたからという。ここでも貴乃花親方はまたまた悪意の報道にさらされた。いくら何でも貴乃花親方が損害賠償額に口を出すことはできない。損害額の算定について何も知らないし、損害額の算定は弁護士による法令や判例に従った算定でしかあり得ない。
 報道によれば、その金額の内訳は土俵復帰までの1年間に費やした費用とうべかりし利益などの合計という。そうであれば、極めて「法外」の過少請求となる。

 通常の加害行為による損害賠償請求では、後遺症被害の算定が必要で、さらに将来の逸失利益の算定も必要である。貴ノ岩が被害前の健康状態・実力状態に復帰した(これを法律用語で原状回復という)のは1年後の最近であるから、貴ノ岩は理論的には力士生命を1年間短縮されたことになる。そうであれば未来の1年間の収入を逸失したわけであるから、その損失補償が必要である。貴ノ岩の未来の1年間の損失額の算定はいろいろ考えられるが、最も公平で確実なのが、加害者である日馬富士の直近の1年間の収入額である。これは通常は3,000万円をはるかに超えるという意味で、報道された3,000万円の請求は過少である。

 まだ隠されている不都合な真実は、協会の使用者責任、力士の管理監督責任である。協会は暴行事件をまったく関係のない第三者として対応した。貴ノ岩の番付降格処分も単純な個人的都合による休場として処理した。貴ノ岩が休場したのは日馬富士の暴行傷害のためであり、休場の原因について直接責任があるのは日馬富士であるが、協会も力士の管理監督、具体的には力士が他人に暴行傷害などの違法行為を行わないよう、指導監督し、事件の発生を防止する責任がある。つまり、協会も休場の原因者である。

 従って、協会の貴ノ岩の休場による降格処分自体が極めて不当違法の疑いがある。そして、休場期間中の給金の補償も協会はすべきであった。それらを真実そのものの隠蔽で闇に葬ったのであるが、日馬富士への請求が訴訟となれば、必然的に協会の使用者責任が争われ、事件の真実が、その責任を明確にするため、事実認定されることは必至となる。これまた、協会にとっては明らかに不都合であるから、またまた水面下での裏取引が弁護士らの関与によって行われる可能性が高い。

 なお、貴ノ岩の協会への請求は、理事個人に対する請求ではない。しかし、赤子の法知識しかない現在の理事には個人的請求かの如く誤解して、これまたご立腹の限りのご乱行を画策されるかもしれない。国民はしっかり監視の目を緩めてはいけない。
 識者のなかには今回の貴乃花親方辞職騒動の本質が、理事会によるパワハラであるとする意見もあるが、筆者は理事会の一連の業務執行は明白な法令定款違反であると断言する立場である。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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