2024年04月29日( 月 )

日馬富士裁判で学ぶ日本の法律(4)

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青沼隆郎の法律講座 第17回

亡国の「和解待望論」

 裁判を起こすことはそんなに害悪なのだろうか。日馬富士裁判について、ほとんどの人が和解で早期に解決すべきだという。世論調査で、いつも「景気対策」が無条件に優先順位の上位にくるのと似ており、何か背筋の寒い思いがする。

 お笑いタレントを批判しても子どもじみているが、タレントの松本人志がスポーツ新聞で、貴ノ岩の元日馬富士への損害賠償請求について「やっと落ち着いたのに、わざわざやるのがわけ分からない」とコメントしたと報道されている。この報道の真相は、件のスポーツ新聞社が、貴乃花親方のネガティブキャンペーンの一環として、万が一発言が批判されても最後は「タレントの失言」と言い逃れができる松本人志を巧みに使っているものと理解するのが筋だろう。
 せっかくの司法制度の利用をマスコミ自体が貶めているという意味で、当該スポーツ新聞の記者の政治感覚・人権感覚を疑わざるを得ない。
 弁護士に依頼し、それなりの経済的負担を覚悟の上での提訴であるから、当事者が和解を望むはずがない。人の裁判だから一層無責任に、一番温和で平和主義に聞こえる和解待望論を気楽に主張するのだろう。その意味では、松本人志はピッタリの人材といえる。

 法律的には同じ当事者の合意である示談より、和解という言葉のほうが響きは美しい。これを弁護士談合と言い換えれば、より実態に近いのであるが、国民は、某スポーツ新聞の記者以上に裁判の実際を知らない。それでいて、裁判用語としての和解を盛んに喧伝する。これで一番楽をするのが、いうまでもなく、弁護士であり、裁判官である。
 日本の刑事裁判の有罪率が99.9%以上であることは、間違いなくある不条理の存在を意味する。負けず劣らず、民事裁判でも極めて高い和解率であるが、あまり報道されないため、国民は知らない。

 和解を主張する人には2種類いる。1つは、松本人志のように何も知らない単純平和主義者である。これらの人々は裁判を、金をめぐる醜い争いだと思っており、ぜひ「話し合い」で解決すべきとの「政治信条」を旨としている。もう1つは、若狭勝弁護士のように、背景事情を知悉した人々による和解の勧めである。単純に説明すれば、裁判のことをまったく知らない人と裁判を熟知した人の違い、別の見方をすれば、事件の事情に詳しい人と事件を表面的(それもマスコミ報道の範囲で)にしか知らない人の違いである。たちが悪いのはもちろん、事件の事情に詳しい人である。

 日馬富士の弁護人は、当然ながら、相撲協会を牛耳る「ヤメ検」弁護士群の流れを汲む弁護士の1人である。相撲協会を牛耳るヤメ検の強腕ぶりは貴乃花親方理事降格事件で世間の人々が知ることになった。今回の日馬富士裁判でも、ヤメ検の強腕が発揮されているが、もともと加害者側の弁護士なので強腕を発揮するにも限界がある。判決より和解で決着するなら、立派な勝利である。とくに、判決による決着となると、判決理由で、高野危機管理委員長が認定した暴行事件の認定事実がまったく否定される可能性がある。その意味で事実認定をしない和解であれば、大勝利となる。
 世間の人は、裁判上の和解には真実隠蔽の効果があることを知らない。裁判上の和解が多いことの隠された別の理由である。同じ金銭の支払いであっても判決と和解とでは天と地ほどの差がある。後に貴乃花親方の理事降格処分の是非をめぐる裁判の可能性があり、前哨戦としての意味をもつ日馬富士裁判を和解で終わらせるか否かは相撲協会とヤメ検群の命運がかかっている。

 国民は事ほど左様に、裁判が嫌いである。ではなぜ、人々は弁護士を尊敬し、弁護士を志して苦学を続ける人が多いのか。それはひとえに、司法試験に対する神格化の賜物である。国家資格試験で、試験問題を公表しないことが徹底されているのが、司法試験である。しかも、合格者数の操作は法務省が自由自在にできる。旧聞になるが、某私立大学の司法試験委員だった法学部教授が教え子に試験問題を漏洩したとして、法学界から追放された。多数の論文を出し、学界でも有名だっただけに、しばらくマスコミを賑わせた。
この事件で合格が取消されたのは教え子の女性1人だった。この事件は、どのようにして発覚したのだろうか。マスコミが、この事件の真相にまったく鈍感なのには呆れてしまった。それと同時に、日本のジャーナリストには社会的事件の真相・深層にせまる論理力と知性がないこと、ニュースソースは記者クラブ方式のあてがいぶちの大本営発表式と何ら変わらないことが明らかである。
 日馬富士裁判においても、報道関係者は自らの手と足で、そして目と耳と脳で、事件の真相にせまるよう努力をすべきである。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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