2024年03月19日( 火 )

ファウンドリビジネスとTSMCの独走

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日韓ビジネスコンサルタント 劉 明鎬 氏

TSMCが直面した2回のトラブル

 TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)では今年の1月に、南部科学工業園区(南科)12インチウエハー工場「Fab14B」の16、12ナノメートル製造プロセスで、数万枚の12インチのシリコンウエアが化学材料の品質不良によって汚染されるというトラブルが発生した。今回の化学材料の品質不良で、最低でも1万枚以上のウエハーが不良になりそうで、その被害は最大10万枚に増える可能性もあるようだ。

 トラブルが発生した工場は16、12ナノメートル製造プロセスの工場なので、最先端の7ナノメートルに比べると最先端とは言えない少し遅れた技術であるものの、まだ半導体プロセスの中で多く使われている工程のひとつである。今回のトラブルの結果、TSMCにとって設備の洗浄作業による生産ラインの一時停止は不可欠となり、顧客への出荷の遅延が懸念されている。

 今回のトラブルはまたTSMCにとっては生産能力の減少を意味し、トラブルの枚数が増えれば、四半期の生産能力にも影響が及ぶとされている。今回の被害額は数千万ドルに上ることが推定され、TSMCでは今年中に第1四半期までの納期遅延の解消を目指したいとしている。

 同社は昨年8月、工場の設備にインストールされたソフトウェアをアップグレードする過程でウイルス感染し、生産が一時停止するトラブルが発生していた。損失は25億9,600万台湾元(約90億円)に上った。今回の不良材料で中国のファーウェイをはじめ、エヌビディア、AMDなどTSMCと長年の関係を構築したファブレス(工場を持たない製造業)会社に大きな影響が出ることが危惧されている。

 エヌビディアの場合、7ナノメートルで生産予定の新製品の量産をサムスンに委託することを検討しているようだ。顧客との信頼関係と技術力が大事なファンドリビジネスだけに、TSMCの2回に及ぶトラブルがどのような影響をもたらすか業界では注目している。

世界最大の半導体ファウンドリ、TSMC

 TSMCとはどのような会社なのか。TSMCは台湾新竹に本拠地を置く世界最大の半導体ファウンドリで、事業の内容は顧客の設計に従って半導体を委託製造することである。TSMCは現在、世界のファウンドリ市場占有率56%で、ダントツの企業である。TSMCは海外で工場を持たないファブレスの半導体企業とタッグを組み、半導体の製造部分を一手に引き受けている。

 TSMCの名前は一般にはほとんど知られていないが、半導体が必要な製品にはTSMCで製造された半導体がほぼ組み込まれている。 TSMCの売り上げは日本円で3兆円を上回っている。株式時価総額は今年21兆円となり、ライバルの米インテル社を上回った。18年には、回路線幅が7ナノ(ナノは10億分の1)メートルのシステムLSI(大規模集積回路)の量産をいち早く開始し、22年には3ナノの工場を完成させる計画である。TSMCは台湾に主力の12インチ工場が3拠点、8インチ工場が4拠点、6インチ工場が1拠点で、中国南京、アメリカにも製造拠点を持っている。さらに新たな工場を建設する計画もあり、まだまだ事業は拡大されそうだ。

 TSMCは近年、7ナノメートルの量産を開始し、電子、IT企業の発注を独り占めしている。ライバルであるサムスンが7ナノメートルの量産開始が遅れ、もうひとつのライバルである米グローバルファンドリ(GF)は7ナノメートル工程技術の開発を諦め、事実上TSMCの独壇場になっている。TSMCの7ナノメートルの受注件数は100件以上で、昨年の受注の2倍以上である。この受注だけで、今年は120億ドルの売上高が予測されるという。

 TSMCはアップル、ハイシリコン、クアルコム、エヌビディア、AMD、ザイリングスなどの顧客から7ナノメートルの案件を大量受注している。特に アップルが19年に発表予定のモバイルアプリケーションチップ(AP)である 「A13」の供給会社に選定され、独走態勢になってきている。

 なぜこのような状況になっているのだろうか。半導体の製造は装置産業で天文学的な投資が必要になる。その投資額は年々増加の一途を辿っている。したがって、巨額投資のリスクを回避し、ファブ(半導体の生産設備)を作らず、ファウンドリ(委託生産専門会社)に依存するという風潮が高まっているわけだ。TSMCの創業者はこのような時代が到来することを予見し、それが的中した。

 またファウンドリはファブレスの設計チームとより密接な協業(コラボレーション)をすることが必要である。設計した図面を渡せばファウンドリが製造をするという簡単な話ではない。製造しやすいように設計変更をするなり、お互いに緊密な協力が必要になる。その過程で企業の大切な情報をファウンドリに公開しなくてはならない。必然的に、ファウンドリビジネスでは一度信頼関係ができると、なかなか変更することはない。そのような意味でTSMCは技術力においても、信頼関係においても、ちょうど良い相手であったわけだ。

 TSMCのライバルに浮上しつつあるサムスンのことを考えてみよう。たとえば、アップルにとっては、サムスンはスマホのライバルでもあるのでサムスンよりはTSMCの方が安心感があるだろう。今後、人工知能、IoT、自動運転などで半導体の需要が伸びていくことは間違いない。そのような状況の中、ファウンドリビジネスで世界2位に浮上したサムスンは同分野にさらに注力していくことを明らかにしている。

 2014年に14ナノメートルのFinFET工程を世界で最初に商用化し、世界を驚かせたサムスンは、7ナノメートルの量産にはTSMCに遅れているものの、EUVという新しい方式ではTSMCより導入が速く、その技術を持ってTSMCに追いつくことを狙っている。現在ファブレス企業はTSMCより先にEUVプロセス開発に成功したサムスンの歩留まり、原価、生産能力などに注視している。サムスンのEUV工程に発注をしたクアルコム、IBMに次いで、エヌビディアまで受注することに成功すれば、ファウンドリ市場の状況は大きく変わっていく可能性がある。

 サムスンは今年、ファウンドリの顧客数を前年比で40%増加させる計画を打ち立てている。しかしながら、EUV工程の安定化までにはまだ時間がかかるだろうという専門家の指摘もある。さらなる微細技術の安定化、コストなどが勝負になりそうだ。ファウンドリビジネスでTSMCの独走は続くのか、それともサムスンがシェアを伸ばすのか、市場から目が離せない。

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